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「ラフマニノフ、でしょう。でも、いいんですって。まあ、そう言っているのも今のうちだけかもしれませんけれど。自分のしでかしたことです。どうにか自分で折り合いをつけるしかありません。あの、実は、もう少ししたら俊哉は松江へ引っ越します」
「松江、って、島根県の……」
「あら、イチローさんは地理もお得意?」
「え、いえ、あの、それほどは……」
「あ、ごめんなさい。あの子からイチローさんのことをたくさん聞いたので、なんだか昔から知っている人みたいに思えて……。松江はわたしの故郷なんです。わたしは大学でこっちに来ました。私立ですけど、音大の声楽科に入って。今は兵庫県立高校で音楽の専任講師をしています」
どうりで関西アクセントがないと思った。
「ああ、じゃあピアノはお母さんから?」
店長はいつになく上品だ。
「最初はそうですね。わたしが結婚した時に持ってきたグランドピアノがうちにあって、2歳の頃から、あやすつもりでピアノに一緒に向かいました。俊哉にはふたつ上の兄がいるんですけど、そちらはもう、ぜんぜん。まったく興味を持ってくれませんでした。たぶんこの子もそうだろうと思っていたのに、初めて触った時から大興奮で、どんなに大泣きしていてもピアノの椅子に座らせたらご機嫌になってくれて、ほんと、助かりました」
由恵さんがいたずらっぽく笑った。
やはり僕とはずいぶんと生まれ育ちが違うんだなあと、今目の前にいる女性の顔を若い男性に置き換えながら考えた。
「本当に好きだったんですね、俊哉さん、ピアノが」
「今も好きだと思いますよ」と、また肩をすくめて笑う。「ドレミくらいはわたしが教えましたが、幼稚園に行く頃にはもう別の先生のところに預けました。そしたらあれよあれよという間に上達して、親もびっくりでした。たぶん、あの頃からずっと変わってないんですね、今も」
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