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由恵さんは先輩に本当によく似ていた。いや、順番は逆なのだけれど、息子のほうを先に知っている僕たちにはそう思えてしかたがない。先輩があと10センチ髪を伸ばせばもっとそっくりになるだろう。由恵さんは今日は上品な黒のセーターにグレーの長めのスカートという地味な出立ちだが、きっと原色の派手な装いも似合うと思わせる、生まれついての華やかさを備えた女性だった。
「俺、おってもええんかな」
店長が由恵さんの向かい側の椅子の背に手をかけて、珍しく遠慮気味の声を出した。
「わたしはかまいません」
由恵さんが言い、僕たちもうなずいた。
「俊哉くんは、今は一緒にいるんですよね。様子は、いかがです」
店長が腰掛けてすぐにきっかけを作ってくれた。
「それがね」と、由恵さんは店長を見て、実際に起きたことにはそぐわない、柔らかな微笑みを浮かべた。「三日めくらいから、なんだかすっきりした顔になったんですよ。これでいい、って本人も言ってます」
「これでいい……」
僕が思わず繰り返していた。納得と口惜しさが半々だった。
「あの子……、俊哉は『やめ時』を探していたんだと思います」
「やめる、んですか」
「あ、音楽はやめないと思いますよ。ピアノも、たぶん……。本当に好きですから。プロではなくなる、という意味です。自分のペースで自分の好きなものを少しずつ……」
でも、あの大好きなラフマニノフは弾けなくなる。それを現実として突きつけられたら、そのうち欲求不満が爆発したりするのではないだろうか。
「好きなものって、でも……」
ミヤコも同じことを考えていたのだろう。
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