夢に堕つ

2/5
前へ
/5ページ
次へ
やっと結婚しよう、と貴方が言ってくれた頃、貴方は事故に遭って全盲になってしまいました。 それまでしていた印刷会社の仕事もやめねばならず、貯金も尽きて、野垂れ死ぬしかない、二人で心中しよう、と私が心に決めた頃、貴方が全盲になる前に応募していた小説の新人賞が決まり、なんとか、命を繋ぎました。 その小説は『四月の雪』と言って、登場人物は二人だけ。全盲になる運命を知った主人公が、目の見える内に雪が見たい、と願う話。 自分が全盲になることを悟っていたかのような設定に、私は面くらい、また、この人ならそんな不思議な事もありえるのでは、と思いました。 だって、貴方ときたら、普通のところが全然ないんですもの。普通……いいえ、穢れたところが、と申しましょうか。 まず、貴方の怒ったところを私は一度も見たことがありません。ひとの陰口を叩くことも、一切ありません。 ただ一度、母親の死に、泣いている姿を見ました。 悲しいのかと思ったら、そうではなく。 『これでやっと息ができる』 そんな風に泣くのです。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加