人になれない君

3/3
前へ
/3ページ
次へ
 俺の言葉に彼女はブランコを漕ぐのをやめた。足で無理やりブレーキをするとぴたりと止まる。わずかに視線は下を向いて、口元は小さく笑みを浮かべている。 「そっか。……そう考えると、二十五年って長いね」  彼女と話したのはそれっきりだ。その後もごく普通に日々を送った。夏休み明けに彼女は学校にいなかった。父親が亡くなり別の親族に引き取られることになったという。父親は他殺された形跡がある、とすでに噂になっていたから少なからず話のネタにみんな好き勝手話していたが、誰一人「彼女が犯人」という人はいなかった。どんくさい、根暗な子がそんな事するわけないと思っていたようだ。  二十五年って長いね。その言葉の重みを、俺はニュースを見ながら今改めて感じている。  平成二十二年四月二十七日。刑事訴訟法の一部が改正され、いわゆる「時効廃止」が決まった。これは死刑に値する重罪者の事で、控訴の期間の話なのだが、「被害者家族」である彼女にとっては時効廃止が合っている。  あれから丁度二十五年目。正確には二十四年と九ヶ月だ。彼女が人間になる日はなくなってしまった。  今彼女は何をして何を思っているのだろう。とっくに自首したのか、気にすることなく生きているのか、忘れてしまったのか、或いは……。  今でも彼女の横顔が鮮やかによみがえる。目は全く笑っていなくて、口元は笑っていて。でもまったく楽しそうじゃない、あの不思議な顔。 「長いね」  その言葉は、どういう意味で言われたのか今でも俺にはわからない。ただ、なんとなく。今でも彼女は苦しんでいるのではないか、と思っている。俺の言った事を何それ、と言わず静かに聞いていた彼女。俺に言われてはじめて向き合って考え続けているのかもしれない。  俺は、残酷な事をしたのだろうか。ニュースを消して外を見る。あの日と同じ真っ赤な夕暮れだ。  長いね。……本当に、長かった。そしてこれからもっと長い長い月日が始まる。 END
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!

14人が本棚に入れています
本棚に追加