人になれない君

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「夜中だったしウチの周りは人通りもない。竹藪が目隠しになるしね」  彼女は宙を見つめていたが、真っ直ぐ俺を見る。 「まさか見られるなんて思ってなかったから」  その目に光はない。 「あんな所をあんな時間に走り込みする人がいるなんて思わないからさ。そういえば県大会近いんだったね」  朝は朝練があるから、夜走ることにしていた。あそこを通ったのも初めてで、彼女の家があったのも知らなかった。夜だったし直接は見ていない。どさ、と音がして振り返った。庭に落ちたのだろう、俺からは塀が邪魔で何が落ちたのかは見えなかった。  見えたのは、今にも消えそうな街灯にうっすら照らされた彼女の顔だ。別に目があったわけでもない、俺はそのまま走り去った。翌日彼女は学校を休み、父親が亡くなったのだと知った。  きい、きい、とブランコを漕ぎ始めた。全く楽しそうじゃない顔、人形のように無表情だ。 「トドメに殴った痕隠れるかと思って頭から落としたんだけど、そううまくいかなくて。警察は事件性があるんじゃないかって捜査し始めたの。私、しくしく泣きながら早く犯人見つけてくださいって言っておいたから信じてるよ。君の言う事と、私の言う事、どっちを信じるだろうね」  それはわからない。俺も別に素行不良なわけじゃないから、言えば真摯に耳を傾けてくれると思う。でも、なんでかな。怯えるでも、罪の意識に苦しむでも、やってやったと喜ぶでもない。まるで心がないようにどこか他人事のように言う君を見ていると、警察に言おうと言う気がない。同情? 憐み? 違う気がする。正義感とも違うし、なんだろうなこれは。 「ねえ、そういえば。私クラスの人に全然興味ないから名前知らないんだけど。何ていうんだっけ?」  ブランコを止めることなく漕ぎながら、君は遠くを見ている。その目はきっと真っ赤な夕焼けが映っているのだろう。口止めをしたいわけでも、脅したいわけでもない。 「井口だよ」 「井口君か。私、十六歳だから二十五年だよね。この期間を過ぎたら、普通の人になると思う? それとも、人の皮をかぶった悪魔になると思う?」 「たぶん。自分とその出来事に向き合い続けて考え続ける、とても人間らしい人間になると思うよ」
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