革命前夜

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 戦いの舞台はとある私立高校。江戸時代の寺子屋を起源とする由緒正しき伝統校では今まさに、生徒会長の座を巡る熾烈な争いが行われている。  「はっきり言って、この学校は腐っているっ!」  立候補者は3人。今演説をしているこのカワダもその内の1人である。この男は自らが生徒会長となり、この学校に革命を起こさんとすることをアピールし、支持を訴えかけている。  「毎年のように規模を拡大している学校行事の費用を負担する結果、毎年のように学費は右肩上がりになっている。そしてそれに並行して、高い授業料を要求する予備校に通う生徒の割合も毎年のように増加している・・・これが何を意味するか、賢明な生徒諸君なら既に理解をしていることであろう。大半の生徒がわずか十分足らずの出番を6月という初夏の陽射しに晒されながら待つ体育や、貴重な休日を潰して開催される文化祭には力を入れるというのに、我々にとって最も重要である学業をほったらかしにしているのだっ!この事実がどうして受け入れられようかっ!!!」  壇上で大きく右手を突き上げるカワダに、聴衆が呼応するように歓声をあげる。  「立派な体育祭に立派な文化祭、大いに結構である。しかし、生徒の中でのモチベーションが大きく異なり、これらを疎ましく思う生徒が多数派であるにも関わらず、豪華絢爛な学校行事に対して全生徒が負担を要求するというのは、これはあまりにもおかしな話だ・・・しかも、学校側は大学受験にも役立たず、教養として血肉にもならない、やったかどうかを確認するだけの無意味な課題をこなすことを我々に要求をし、さらに我々の貴重な時間を奪っていくっ!その結果、金も時間もこの腐った学校に吸い込まれていく・・・まさに搾取と呼べるこの状況を、私は変えて見せるっ!!!」  一層熱を帯びた演説に、聴衆のボルテージも頂点を迎える。  「私が生徒会長になった暁には、全ての学校行事への参加を希望制とし、授業カリキュラムの大幅な変更を要求するっ!金で作られた偽りの誇りを捨て払い、真に母校として誇れるこの学校を作り出そうではないかっ!!!」  「カワダッ!カワダッ!カワダッ!・・・」  予定されていた時間を過ぎても、生徒たちの熱狂はしばらく冷める事はなかった。  とある日のとある休み時間、とある男子生徒2人がトイレへと向かう道すがら世間話をしていた。  「お前今度の生徒会長選、誰に入れる?」  「やっぱカワダかな、なんか面白そうだし。」  「え、まじかよ・・・」  「そんな驚くことか?新聞部が出してた支持調査でもカワダが一位だったろ。」  「でも過半数取れてないだろ?まだまだ他の候補者にまくられる可能性は十分ある。」  「そうか?俺にはカワダの人気に他の2人が勝てるとは思えないけど。」  「そうでもないぞ。1年で立候補したタカバっていう女が、ここに来て支持を増やしてきてる。なんせ、反カワダの人間がこのタカバを勝たせようと票集めに躍起になっているらしいからな。」  「ああ、あいつか・・・確かにうちの学校が男女共学になって今年が5年目。去年までの4年はヤスダ兄弟がそれぞれ2年ずつ会長を務めて隙がなかったから、このタイミングで我が校初の女性生徒会長誕生、なんてことを目論んでいる連中は多そうだな。」  「しかもタカバの推薦人は前生徒会長のヤスダ弟だ。政策もヤスダ時代に進められた学校行事の規模拡大を継続する方針で、演説では度々教師や上層部に対する信頼を強調している。カワダは度々行事を槍玉にあげていたが、体育祭における応援団や文化祭における軽音楽部など、所謂行事ガチ勢が一層いるのも事実だ。またそれなりの金持ちがほとんどのこの学校で、果たしてどれだけの人間が本当の意味で高額な学費に苦しんでいるのかは正直わからない。中には学費批判している人間に対して"親思い面をしたり子供の自己満足だ”なんて声もある。タカバはこれらの層の支持を獲得した、言わばカワダの完全なるアンチテーゼになるわな。」  「でも、現状受験を控えた俺達3年は10月の文化祭は自由参加なのに、タカバはそれすら許さず全員参加にしようとしているだろ?正直それは困る。てか大体、生徒へ支持を促すための演説で大人に対して媚びを売るって・・・その時点で胡散臭さがもうプンプンするぜ。」  「お前の読み通り、タカバは教師から相当強い信頼を得ている。実際、カワダをよく思わない教師陣が自分たちと蜜月な関係にある生徒たちに対してタカバに票を入れるように圧力をかけているってもっぱらの評判だ。」  「そう言えばクラスの女子も言ってたな。あのタカバって子は鼻につくから絶対入れないって。女子会長の誕生を望んでるはずの同性から支持を集められないって、相当苦しいんじゃないのか?」  「テストの点数はいいが大人から見ると生意気なインテリヤクザタイプのカワダと、根っからの優等生タイプのタカバ。どちらも熱烈な支持層を持ってはいるが、敵を作るタイプでまだまだ不確定要素が強い。まだまだわからねえよ、誰が生徒会長になるのか。」  「そう言えば、もうひとりの立候補者って誰だ?」  「ああ、もうひとりはキシイっていう2年の男だ。」  「そのキシイになる可能性はないのか?」  「うーん・・・新聞部の調査では、タカバと僅差とは言え一応2位だったし、あり得ない話ではないが、恐らく可能性は低いと思うぞ。」  「まあ聞いといてあれだけど、ここまで会話に出てこなかった時点で察してはいた。」  「本来であれば、中等部時代からヤスダ弟の右腕的な役割を果たし、去年も高等部生徒会で副会長を任されていたキシイが次期生徒会長の最右翼だったはずなんだがな。現実問題として、キシイがこれまで忠誠を誓ってきたヤスダ弟はタカバの推薦人になった。ヤスダ兄弟の後継者はタカバ。ヤスダ弟に会長選で敗れ、風紀委員長の座に甘んじたイシヤマを推薦人として、応援演説人に現中等部生徒会長のイズミを引っ張ってきて注目を集めると同時にヤスダ時代に終止符を打とうと対決姿勢に打って出たカワダ。この2人に比べると、キシイ陣営はインパクトに欠ける。そんな当たり障りのなさが"カワダは嫌だけどタカバは鼻につく”っていう層の受け皿になっているのも事実ではあるが、ヤスダ弟という頼りにしていた後ろ盾を失った時点で、正直勝ち目はないだろう。」  「・・・なんか今更だけど、たかが高校の生徒会長を決めるだけなのに、うちの学校は色々複雑な事情があるんだな。」  「この学校の生徒会長は権限が強く、時には教師以上の力を持つ時もある。嫌でも色んな思惑が重なり合うってことさ。」  用を済ませた2人は、自分たちの教室へと戻っていった。  選挙前日。本番を翌日に控え、各陣営の緊張感も高まる中、応援演説人としてこの日の集会に出席していた中等部生徒会長イズミが、カワダのもとへと近づく。  「カワダさん、ちょっといいですか。」  妙にかしこまった態度のイズミに、カワダは敢えて気さくな笑みを持って接する。  「おうイズミか、今日はありがとうな・・・それで、どうしたんだ?」  「実はカワダさんと2人きりで話をしたい人が来ているんです。」  「2人きりで話したい?そいつの名前は?」  「ハシモトという野球部の男です。」  その名前を聞いた瞬間、再びカワダの顔に笑みが浮かび上がる。  「その男は俺の幼馴染だ。なぜイズミ経由で話したいなんてアポを取ってきたのかはわからんが、どうせたいした話じゃない。ちょっと会って話してくる。」  カワダは座っていたベンチから腰を上げ、ハシモトが待っているという校舎裏へと向かった。  イズミに対してたいした話ではないと言ったカワダであったが、なんとなくどんな話が待っているか予想はついていた。そして普段幼馴染と接する時とは違う緊張感と覚悟を持っていた。  「悪いなカワダ、こんなところに呼び出して。」  やってきたカワダに対して、口角を上げてこう言ったハシモトであったが、その表情はあまりにぎこちなく、かえって真顔よりもカワダの警戒心を強めた。  「用事があるなら直接俺に電話でかけてくればいいのに、どうしてこんな回りくどい真似を?」  酷く動揺した様子のハシモトはしばらく返事に困窮していたが、意を決したように本題を切り出す。  「単刀直入に言う。明日の選挙、俺はお前に票を入れられない。」  その告白を、落ち着いた態度で受け入れるカワダ。  「ハシモト。確かにお前は俺の幼馴染だが、だからと言って別に俺に票を入れなければならない訳じゃない。ただ、わざわざこんな手段で俺を呼び出してまで打ち明けたということは、本当なら俺に投票をするつもりだったんだな?」  「もちろんだ!」  ハシモトは食い気味に答える。だがその言葉の続きには、カワダも予想していたこととは言え、多少の衝撃を受ける。  「今日、部活の途中で顧問に呼び出されたんだ。なにかと思って行ったら"明日の選挙でカワダに票を入れたら、お前は二度と試合に出れないからな”って脅されたんだ・・・びっくりしたよ、まさか本当にこんなことを言われるとは思わなかった。」  「おかしな話だ。会長選挙は無記名投票であるはずなのに、先生方には誰が誰に投票したかがわかるんだな。」  「当然だろ?各委員会の委員は生徒の立候補制であるのに、選挙管理委員会の委員だけは教師による指名制が採用されている。どうせあいつら、自分たちの言いなりになりそうな生徒を選んで、選挙を好き勝手やろうとしているに決まってる。」  「時に教師よりも権限が強い生徒会長は、結局教師にとって自分たちの口から言うより生徒の口から言った方が都合のいい話をさせるための道具に過ぎない・・・皮肉な話だな。」  ふぅー、っと長く息を吐いたカワダ。そんなカワダを、申し訳なさそうな顔でハシモトは見つめる。  「俺はカワダと仲が良いってことで目をつけられたんだろうが、他の部活でもカワダ支持を明確にしている人間も同じように脅されているはずだ・・・すまんカワダ、俺はお前の力になれない。」  「さっきも言っただろ。お前は俺の幼馴染だが、それを理由に俺に投票をする必要はないと。」  「カワダ・・・」  動じる事なく自らに慰めの言葉をかけるカワダに、ハシモトは気持ちを救われた気分になった。  だが当然、カワダも泣き寝入りするつもりはなかった。  「この話を、明日の6限に予定されている最終演説で告発する。」  きっぱりと宣言をするカワダを、ハシモトは慌てて止めようとする。  「ちょっと待ってくれよ!お前が演説でそんな事を言っても教師たちが否定して終わりだぞ?何の意味もない。」  「だからと言って、このまま腐りきった選挙に突入する訳にはいかない。」  「何より、お前の口から教師が生徒に圧力をかけたなんて言葉が出てくれば、この事実をお前に打ち明けた俺の立場が危うくなる。仮にお前に投票をしなくても、結局部内で干される可能性が出てくるんだよ!」  ハシモトは両手でカワダの肩を掴み、すがるように頼み込む。  「なあカワダ、頼むよ・・・今の甲子園も狙えるかもしれないチームで、俺はレギュラーなんだ。こんなことで、俺はベンチから外されたくない・・・なあ、頼むよ・・・」  涙を浮かべる程必死な態度を見せるハシモトを、カワダは断腸の思いで突き放す。  「・・・俺が生徒会長になって、お前のようなにくだらない争いの犠牲者が出ない学校にしてみせる。」  静かな宣言と共に、ハシモトの手を振りほどきその場を去るカワダ。ひとり残されたハシモトは、膝から崩れ落ち、その場で大粒の涙を流した。  「カワダさんっ、大変です!」  選挙当日。朝の挨拶活動で最後のアピールをしていたカワダのもとへ、またしてもイズミがやってきた。しかも今度は随分と慌てている様子だ。  「どうしたイズミ?そんな息を切らして。」  「これを見てくださいっ。」  イズミが差し出した携帯には、この学校の生徒専用サイトが映し出されたいた。このサイトでは生徒向けの講義動画や、学校側の連絡事項などが投稿されているのだが、今映し出されているのは、緊急配信と書かれた講堂のライブ映像であった。そしてその壇上には、キシイとタカバの2人が立っている。  『生徒の皆様おはようございます。本日行われる生徒会長選挙に立候補者をしておりますキシイです・・・えーきっと皆様、この緊急配信に対して驚いていらっしゃることだと思いますので、前置きはなしで本題に入らせていただきます。』  神妙な面持ちで語り始めたキシイは、淡々とした語り口で続ける。  『つい先程、こちらにいるタカバさんが、生徒会長選挙の立候補を辞退されたことを、ここにお伝えさせていただきます。』  「なに⁉」  突然の発表にカワダやイズミをはじめとする陣営全体がざわつく。  『理由は我が校の先生方が、不当な圧力を生徒の皆様にかけ、タカバさんに投票するように仕向けたという事実が多くの生徒からの告発によって発覚したためです。この事実の責任と取り、タカバさんは立候補を辞退するという意向を示した訳でありますが、ただ皆様に理解して頂きたいのは、決してこれら一部の教師陣が起こした不正行為はタカバさんが意図したことではなく、勇気ある生徒の告発によって初めてタカバさんもこの事態を把握したということでありますので、タカバさんには一切の責任はございません。それでも、不快な思いをされた生徒の方への贖罪の意味を込め、辞退という判断をされたタカバさんを、私は尊重したいと考えております。』  「まさか、こんなことがあり得るのかよ。」  「キシイとタカバの陣営は密に連絡を取っていたってことか?」  「そもそもどうして圧力をかけられた生徒がタカバ陣営に告発をしたんだ?」  狼狽するカワダ陣営をよそに、キシイの独壇場は終わらない。  『タカバさんを支持していらした生徒の方々は、この決定を残念に思われるかもしれませんが、ここにおられるタカバさんはまだ1年生で、来年もまたチャンスがあります。そして私はこれらの状況を踏まえ、もし私が生徒会長になった暁には、タカバさんを副会長として生徒会に迎え入れる意向であることを、ここに宣言致します!』  「くそ、やられた・・・」  カワダの力な呟きは、事実上の敗北宣言であった。  そしてこの日、57%の得票率を獲得したキシイがカワダとの一騎打ちを制して、新たな生徒会長となった。  「やあ、キシイ君。新たな生徒会長になった気分をいかがかな?」  生徒会室の窓から外を眺めていたキシイのもとへ、とある男が近づいてきた。  「これは、アカイ生徒会顧問・・・いや、正直まだ実感が湧きませんよ。」  「謙遜する必要はない・・・君は見事に我々の意図を汲み取り、完璧な立ち回りを見せた。選挙などというくだらん茶番ではない、言うならば生徒会長試験に、君は合格した訳だ。」  既に還暦を迎え貫禄十分のアカイは、近くにあった椅子に腰掛ける。そんなアカイに、キシイは小さな会釈で応える。  「カワダという危険分子を生徒会長にしてしまえば、この学校は破滅へと向かっていたことだろう。必要とあらば選挙管理委員会に対して"監査”を行っても良かったが、派手な動きはそれだけリスクになってしまうからな、出来るなら避けたい。」  「お言葉ですが、一部の先生方は随分派手に動かれていたようですが。」  キシイの指摘に対して、アカイは不気味な笑みを浮かべる。  「そう、派手に動けばリスクになる。だからそのリスクを生かしてやったのさ。カワダは事前の調査で1位だったみたいだが、君とタカバ君を合算すればカワダの支持を越えることが出来た。ならばここは1年生であるタカバ君に涙を飲んでヒール役を演じてもらい、そのヒールを倒すヒーロー役を君に任せた。正義の味方面していたカワダは君にヒーロー役を奪われたことで面子を潰され、結果として本来最右翼候補であった君が生徒会長の座に収まったという訳だ。」  「・・・女性生徒会長という肩書きに目がくらみ、さっさと鞍替えした割には都合がいいですね。」  キシイの指摘に対して、それまで得意げに語っていたアカイの目つきが鋭くなる。  「おいおい・・・実感が湧かないという割には、もう既に気分は教師よりも偉い生徒会長様って訳か?」  「私は事実を述べたまでです。」  「図に乗るなよっ!!!」  机を叩き、怒号を上げるアカイ。  「ヤスダの腰巾着に過ぎなかったお前が生徒会長になれたのは、偏に我々の策略があってこそだ。生徒会長になった途端、その恩を忘れ調子に乗る輩がたまに現れるが、まさかお前もそのひとりだったとはな・・・こんなことになるなら、多少強引な手を使ってでもあの女を生徒会長に仕立て上げた方が良かったな。」  「タカバさんをあの女呼ばわりとは、アカイ顧問をはじめ諸先生方のお気に入りではなかったのですか?」  「ふん、あの女は初代女性生徒会長という名前に随分と執着していたが、所詮は我々教師に媚びを売って点数を稼ぐことしか能のないただの女狐だ。まあ女など、おだてれば簡単に言いなりになる馬鹿で単純な生き物だからな・・・」  興奮のあまりべらべらと口を動かしていたアカイは、不意に訪れた沈黙に対して強い違和感を覚える。そしてその沈黙は、キシイが取り出したスマートフォンから流された音声によって破られた。  『・・・女など、おだてれば簡単に言いなりになる・・・』  「アカイ顧問、この時代に女性蔑視の発言とはいただけませんね。」  「き、貴様あああっ、やりおったなっ!!!」  キシイは手早くスマートフォンを操作して、画面をアカイに見せつける。  「既に先程の音声は、私の仲間の手によって生徒専用サイトにアップされました。これでこの学校を牛耳り続けてきたあなたも終わりです。」  「こんなことをして、こんなことをしてただで済むと思うなよっ!!!」  この台詞の直後、廊下を走る足音が近づいてきて、勢い良く生徒会室の扉が開く。  「アカイ先生。この音声についてじっくり話を聞かせていただきましょうか。」  数名の風紀委員たちにより、アカイは強引に連れ出されていった。そして再び、この部屋にはキシイひとりとなる。  「・・・今はまだ革命前夜に過ぎない。どんな手を使ってでも、俺がこの学校を変えて見せる。」  キシイによる革命が今、産声をあげた。                            
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