開店前夜

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 かつて、コンビニにおける労働環境はひどく劣悪なものだったらしい。  過重労働にサービス残業の横行。ぼくのような学生バイトも安い賃金でこき使われていた。  そうした状況の打開策として、またそのころ急速に深刻化していた働き手不足対策の一環として、コンビニの自動化・自律化技術の飛躍的な進化が始まった。  セルフレジを皮切りに、自動品出しシステム、ロボットを使った清掃システム、監視カメラとAI画像解析による防犯システム、再生可能エネルギーを活用した発電システム、そして店舗の自己増幅と『出店』による拡販システム。  今では業務のほとんどを、コンビニそのものがこなしている。ぼくの仕事といえば、たまに店内で起こるお客様同士のトラブル対応や周辺道路の掃除、冬場の雪かきくらいだ。 「いまどき、コンビニに店員を常駐させる国なんて日本くらいだぜ。無駄に雇用生んじゃってよぉ!」  支部長はグチるが、なんだかんだで学生バイトを優先して雇ってくれる。そして、しょっちゅう様子を見に来る。地域じゅうの店を巡回しているらしい。シマの見回りみたいで怖かったが、そのうちバイトたちを気にかけての行動とわかった。ツンデレである。  支部長にはしごを押さえてもらい、ぼくは屋根に上った。  トウコンマートの幼生、略してトウコマ・ジュニアは小柄ながら、もうちゃんとコンビニの姿をしていた。正面のロゴ入り看板に、くもり一つないガラス窓。その奥には形成中の陳列棚が見える。  床下からは、節のある十(つい)の偽足が生え出ていた。偽足は幼生の移動手段であり、『出店』後は店舗を固定するためのくさびとなって地中に潜る。さらに地中の熱源に到達すると変形して、地熱発電を開始する。ちょっと――といっても千五百メートルほど――掘ればどこでも温泉が出る、この街ならではのエネルギーシステムだ。  それまでは自家発電ができないため、ジュニアのパワーユニットは、太いダクト状の組織で親店舗のユニットと繋がっている。へその緒みたいなものだ。  と、これらは支部長からの受け売りで、ぼくにとってはこれが初めての『出店』である。物珍しさにきょろきょろしていると、店内に設けられた監視カメラが回転し、ぴたりと止まってぼくを指した。相手はコンビニだが、なんだかという感じがする。 「こんちは……」  へらへら笑いかけたぼくに、ジュニアはトウコマ共通の合成音で返事をした。 『イラッシャイマセー』  それからは、ぼくの業務にトウコマ・ジュニアの観察が加わった。ジュニアは順調に成長を続けている。ぼくと支部長の『出店』への期待も日に日に高まっていった。
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