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「支部長、大変です!」
支部長の姿を見つけるやいなや、ぼくは店から飛び出しまくし立てた。
「ヘブンが……ヘブンが『出店』に参加するそうです!」
ヘブンズストア、略してヘブン。全国に二万店以上のチェーンを抱える、コンビニ界の最大手だ。圧倒的クオリティの総菜やスイーツに、低価格・高品質なプライベートブランド。続けざまに繰り出される人気アニメやアイドルグループとのコラボ商品。それらを実現させる企画力と経済力。まさに一流である。時給もトウコマよりちょっと高い。
そのヘブンが『出店』の準備をしているという話を聞きつけ、ぼくは講義後に偵察に行ったのだ。
偽足で移動する都合上、コンビニは同じ地域にかたまって展開しやすい(これをコンビニの『ドミナント性質』という)。近くには競合店が無いと思って安心していたのだが、産業道路の反対側は完全な盲点だった。
「でかい……」
広大な駐車スペースのへりに立ち、ぼくはつぶやいた。
大型店舗の親の上に、その背からはみ出るまでに成長した幼生が乗っかっていた。
周りには、ヘブンのロゴが入った作業着姿の人々が群がっている。脇に停められた大型車から太いケーブルが伸びていた。親店舗だけでなく、移動電源車を使って幼生にエネルギーを供給しているのだ。
発育の良い偽足が力強くうごめいている。内部の照明が灯り、また消える様子が怪物のまばたきのようだ……
ぼくが話す間、支部長はトウコマを見ていた。親店舗のパワーユニットから立ち上がる湯気で、正面のガラス窓が曇っている。ここ数日、発電量がギリギリまで増えているのはジュニアに栄養を与えるためなのだろう。
「支部長、しばらく店を閉めませんか。ジュニアの育成に専念するんです!」
「それはできない。お客様に迷惑がかかるだろうが」
「でも、『出店』まであと数日じゃないですか!」
「だめだ」
お客様第一主義の支部長は、ぼくの提案をばっさり切り捨てた。だが眉間のしわに、ぼくが感じているのと同じ心配と悔しさがにじみ出ている。
「……大変だろうが、頑張ってくれよな」
支部長はハンカチを取り出し、ガラス窓の結露を拭った。
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