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『出店』の夜が来た。
コンビニには珍しく、トウコマしばた店は夜の十一時に閉店する。ぼくが戸締りを確認していると、支部長が小柄なお爺さんを連れてやってきた。
「こちら、この店のオーナーの柴田さんだ。元はここの店長だった方だぞ」
「『しばた』さんって、あ、店名の!」
思わず声を上げたぼくに、柴田さんは照れくさそうに笑った。
「私は最後の有人コンビニ世代でね。一度コンビニの『出店』を見たかったんですよ」
支部長が手に持った懐中電灯で屋根の上を照らす。親店舗に覆いかぶさるまでに成長し、しきりに偽足を動かすジュニアの姿が闇の中に浮かび上がった。
「おお、これはすごい!」
柴田さんが歓声を上げる。支部長も満足そうにうなずいた。
「ちゃんと仕上がっているようです。よし。じゃあ、さっさと入れ」
後半の言葉はぼくに向けたものだった。嫌な予感がする。
「……入るって、どこにですか」
「ジュニアの店内に決まってるだろうが。『出店』は営業扱いだ。営業中のコンビニには従業員が待機してなきゃならん。知ってるだろ」
ぼくは目を剥いた。
「そんなの知りませんよ! 支部長が入ればいいじゃないですか!」
「俺は無理だ。閉所恐怖症だからな」
「嘘つけ!」と言いかけて、ぼくは支部長が一度も店内に入って来たことがないのを思い出した。まさかそんな裏事情があったとは。それとも、そこまで含めて壮大な陰謀なのか。
もめ出したぼくたちを見かねてか、柴田さんがしわだらけの手を挙げる。
「支部長さん、なんなら私が……」
「大丈夫ですぼくが行きます!」
ぼくは慌てて前言を撤回した。お年寄りを危ない目に遭わせるわけにはいかないじゃないか。
「深夜手当出してやるからな。まあ頑張れや」
支部長は、何食わぬ顔でぼくの制服の胸ポケットにトランシーバーを押し込んだ。
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