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ぼくははしごを上がり、親店舗と同じサイズまで成長したジュニアのドアを引いた。店内の監視カメラがこちらを向く。
『イラッシャイマセー』
ジュニアの中に入るのは、これが初めてだ。
配置は親店舗と同じで、右手にレジ、通路を挟んだ左手には空っぽの陳列棚が並んでいる。奥は冷蔵コーナーになっていた。暖かい総菜、ホットクックの棚もある。ぼくはここのおにぎりが好きだ。
タイル張りの床は、踏みしめると妙に柔らかかった。『出店』で大破することのないよう、幼生の間は建材に多少の弾力があり、成店になると硬化するらしい。
とりあえずいつものポジション、セルフレジカウンターの内側に入って店内を見回していると、トランシーバーがしゃべり始めた。
『おう、俺だ。今出店先に向かってる。そっちは順調か?』
「全然です。というかコンプラ的にまずくないですか? バイトに『出店』させるなんて」
『順調そうだな。何かにつかまっておけよ』
ぼくは支部長を呪いながらカウンターをつかんだ。節電のため、店内の照明は落とされている。外がほんのり明るくなったような気がして振り向くと、ガラス窓の外に白い細片が舞っていた。
「雪だ……」
遅めの初雪に、ぼくは一瞬心を奪われた。
そのとき、軽い浮遊感とともに視界が揺れた。ミシミシという家鳴りとともに、建物全体が大きく揺れる。たまらず座り込むと、体から重力が消えた。
あ、落ちる……
と思ったとたん、今度は強い力で床に押し付けられる。ジュニアが親の背中から飛び降り、そのまま出店先に向かって移動を始めたのだ。
『トウコマしばた二号店、出店!』
支部長が叫んだ。
偽足は走行時の衝撃を吸収するらしく、ぼくは店内でミンチにされずに済んだ。だが軽いバウンドはまぬがれず、二ブロックの道のりを走り切るころには、料理家にたたかれて柔らかくなった肉の気持ちがわかるようになっていた。
上下動が緩やかになり、必死でしがみついていた床から顔を上げる。ぼくはおそるおそるカウンターから這い出すと、低い姿勢のまま外の様子を確かめた。
そこには、投光器によって明るく照らされた更地が広がっていた。すでにうっすら雪が積もり始めている。少し離れた場所には野次馬らしき人々が集まっていた。あの中に支部長や柴田さん、ヘブンズストアの関係者も混じっているのだろうか。
「つ、着いた……」
『気を抜くな、まだだぞ』
支部長がうなる。ぼくは更地を挟んだ反対側、産業道路の真ん中に浮かぶ青白い光の塊に気づいた。それは、近づくにつれ店内照明を輝かせたヘブンの幼生の姿となった。
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