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ジュニアがファミレス跡地に脚を踏み入れるのと、ヘブンが道路を渡り切るのはほぼ同時だった。
ヘブンの幼生は、以前見たときよりさらに大きくなっていた。小型店舗のジュニアに対し、延べ床面積で四倍はありそうだ。
『……イートイン付きだな、もしかしたらシャワールームも……』
柴田さんのつぶやきがトランシーバー越しに漏れ聞こえた。
ヘブンが長大な体を敷地内に滑り込ませると、ジュニアは距離を保ちながら奥に回り込んだ。降り散る雪の中、両者は互いを牽制するようにじりじりと移動する。
先に緊張を破ったのはヘブンの方だった。
ぼくたちに向けられた正面の自動ドアが開いたかと思うと、耳なじみのある入店音が大音量で放たれたのだ。
「うわぁああっ!」
ぼくは耳をふさいでうずくまった。『ピロピロピローン』という無機質なメロディに混じる、脳みそを引っかくような不快な音、これは――モスキート音! ヘブンには高周波発生装置まで備わっていたのだ。
『おい、どうした!』
『大丈夫ですか?』
ぼくの叫び声に、支部長と柴田さんが反応する。背後からは流れ弾を浴びたらしい若者たちの悲鳴が聞こえるが、二人は気づいていないらしい。なんという世代間ギャップ。というか、やっぱり人選ミスじゃないか?
ぼくが返事する前に、今度はジュニアが動いた。
『イラッシャイマセー!』
雄たけびを上げ、ヘブンに急接近する。虚を突かれたヘブンは音響攻撃を止めた。ほっとしたのもつかの間、ジュニアは後ろの数脚で体重を支え、ヘブンを威嚇するように立ち上がった。傾いた床の上を、ぼくは店の奥まで転げ落ちた。幸い、硬化前なので怪我することはない。
見上げたガラス窓から、ジュニアが振り上げた偽足の一部が見える。ヘブンよ、どうか退いてくれ……! 転げ落ちた先で冷蔵コーナーの棚にはまり込んだぼくは祈った。
だが、ヘブンはそんな脅しのきく相手ではなかった。
ジュニアの威嚇にいったんはひるんだものの、我に返ったヘブンは自分も身を起こし始めたのだ。メキメキと音を発しながら長辺を縦にして持ち上げる。まるで天を突く巨木のような姿が、ぼくたちの前に立ちはだかった。
『やばい! 逃げろ!』
支部長が叫ぶ。ヘブンが持ち上げた体を振り下ろせば、小型店舗のジュニアなどあっけなく粉砕されてしまうだろう。ぼくたちはヘブンの足元にいるのだから……
そこでぼくはひらめいた。冷蔵コーナーの中から、ぼくは声を張り上げた。
「ジュニア、今だ! 前に出ろ!」
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