開店前夜

7/8
前へ
/8ページ
次へ
 ジュニアに音声認識機能があるかどうかはわからない。たぶん無いだろう。けれどジュニアは、ぼくの叫びに呼応するように前に出た。体勢を素早く戻すと、上半身が浮いたままのヘブンの偽足に取りついたのだ。そのまま押し始めると、接地面の少なくなっていたヘブンの巨体が揺れた。 『か! いいぞ!』柴田さんが叫ぶ。 『休むな、もっと押せ!』支部長も怒鳴った。 「ジュニア、行け、頑張れぇっ!」  ぼくたちの激励に応えるように、ジュニアは力強く前に進んだ。下から持ち上げるように押され、ヘブンの今まで地に付いていた偽足までもが浮き始めた。地表とヘブンの(ぎょう)角がどんどん大きくなる。野次馬たちの声援も高まっていく。 『がぶれ、がぶれえ!』  柴田さんが呪文のような声援を送る中、ヘブンの巨体がついにのけぞる。偽足で宙をかき回しながら、産業道路のど真ん中にひっくり返った。  すさまじい轟音と地響き。その後、巻き上げられた砂利が数十秒にわたって降り注いだ。 『おい、死んでねえなら出てこい』  支部長の声に尻を叩かれるようにして、ぼくは冷蔵コーナーから這い出した。『出店』中にふだん使わない筋肉を使ったらしく、節々が痛い。ほうほうの体で正面ドアにたどり着くと、ジュニアの監視カメラがぼくを見ていた。 「……お疲れさま」  親指を立てて見せる。ジュニアはトウコマ共通の合成音で応えた。 『アリガトウゴザイマシター』  ぼくが店から出ると、周囲は野次馬たちの歓声と拍手に包まれた。支部長と柴田さんが駆け寄ってくる。  支部長はぼくの無事(というか、労災が発生していないこと)を確認すると、表情をゆるめた。だが次の瞬間には鬼の形相になって道路の方に走り出した。いつの間にか、トウコマのロゴが入ったトラックが数台停まっている。 「発電が始まったら速やかに品出しだ! 準備しろ!」  そう言ってトラックを駐車場に引き入れ始める。残った柴田さんは、感極まって涙を流していた。 「小兵(こひょう)力士のような戦いぶりでしたな……すばらしい! 技のデパートだ!」  コンビニですけどね。というツッコミを自重し、ぼくは柴田さんと握手を交わした。  広大なファミレス跡地の中央に陣取ったジュニアは、今まさに地に根を下ろそうとしている。熱源に向かって地盤を掘り進める偽足の微細な振動が、ぼくたちの足裏に伝わってきた。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8人が本棚に入れています
本棚に追加