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ジュニアに音声認識機能があるかどうかはわからない。たぶん無いだろう。けれどジュニアは、ぼくの叫びに呼応するように前に出た。体勢を素早く戻すと、上半身が浮いたままのヘブンの偽足に取りついたのだ。そのまま押し始めると、接地面の少なくなっていたヘブンの巨体が揺れた。
『足取りか! いいぞ!』柴田さんが叫ぶ。
『休むな、もっと押せ!』支部長も怒鳴った。
「ジュニア、行け、頑張れぇっ!」
ぼくたちの激励に応えるように、ジュニアは力強く前に進んだ。下から持ち上げるように押され、ヘブンの今まで地に付いていた偽足までもが浮き始めた。地表とヘブンの仰角がどんどん大きくなる。野次馬たちの声援も高まっていく。
『がぶれ、がぶれえ!』
柴田さんが呪文のような声援を送る中、ヘブンの巨体がついにのけぞる。偽足で宙をかき回しながら、産業道路のど真ん中にひっくり返った。
すさまじい轟音と地響き。その後、巻き上げられた砂利が数十秒にわたって降り注いだ。
『おい、死んでねえなら出てこい』
支部長の声に尻を叩かれるようにして、ぼくは冷蔵コーナーから這い出した。『出店』中にふだん使わない筋肉を使ったらしく、節々が痛い。ほうほうの体で正面ドアにたどり着くと、ジュニアの監視カメラがぼくを見ていた。
「……お疲れさま」
親指を立てて見せる。ジュニアはトウコマ共通の合成音で応えた。
『アリガトウゴザイマシター』
ぼくが店から出ると、周囲は野次馬たちの歓声と拍手に包まれた。支部長と柴田さんが駆け寄ってくる。
支部長はぼくの無事(というか、労災が発生していないこと)を確認すると、表情をゆるめた。だが次の瞬間には鬼の形相になって道路の方に走り出した。いつの間にか、トウコマのロゴが入ったトラックが数台停まっている。
「発電が始まったら速やかに品出しだ! 準備しろ!」
そう言ってトラックを駐車場に引き入れ始める。残った柴田さんは、感極まって涙を流していた。
「小兵力士のような戦いぶりでしたな……すばらしい! 技のデパートだ!」
コンビニですけどね。というツッコミを自重し、ぼくは柴田さんと握手を交わした。
広大なファミレス跡地の中央に陣取ったジュニアは、今まさに地に根を下ろそうとしている。熱源に向かって地盤を掘り進める偽足の微細な振動が、ぼくたちの足裏に伝わってきた。
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