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「貴方はどこから来たのですか?」
「ずっと南の方から」
「何処かへ行く途中ですか?」
「はい。たぶん、そうだと思います」
「随分と曖昧ですね。貴方の旅の目的は?」
「旅の目的ですか。その……実は、分からないのです」
「記憶喪失というやつですか?」
彼は首を横に振った。
「いえ、僕は自分のことは覚えています。
僕は南の国で生まれ育ち、家を継いで商人をやっていました。妻と子供もいました。
ここに来るまでのことも、その道中のことも覚えています」
「では、どういうことでしょうか」
「向かう先と、向かう理由が、全く分からないのです。ただ、
【北へ向かわなくてはいけない】。
僕にはその感覚だけがあるのです。その感覚だけを頼りに、ここまで旅をしてきました。
この村に着いた時も、ここが目的地なのか、それとも寄り道なのか、それすら分かっていませんでした。
しかし、まだ【北へ向かわなくてはいけない】という感覚があるので、ここは“たぶん”その途中なのだと思います」
そう告げる彼の表情には若干の不安を抱いているように感じとれた。
しかし怯えてはいない様子をみると、その感覚は恐怖を抱かせるまでのことはないのだろう。
この奇妙な感覚に関して、彼は恐怖という感情を抱いていない。それは私の追求心を掻き立てるものであった。
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