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「人の記憶は曖昧です。自分に都合の悪いことを忘れてしまうことがあるでしょう?
いえ、あなたが悪人と言いたいわけではありませんよ。
貴方は旅の目的を顕在化していないだけで、潜在した意識の中にしまいこんでいるのかもしれません」
「僕がこれから向かおうとしている場所と理由を、本当は記憶の奥底で知っていると?」
「あくまで可能性の話ですよ。貴方が向かおうとしている場所に、何か忘れているものがある。
もしくは、防衛本能として何かから逃げている。
それを、貴方の『無意識』だけが知っている。
しかし貴方はそれを引き出すことができていない、そのような可能性」
「……仮にそうだとして、無意識下にある記憶を引き出すことは無理なのでしょうか」
「深層心理を聞き出す技術は存在しますが……」
「教えていただけませんか?」
「申し訳ありません。私自身はそのようなカウンセリングの心得はありません」
「そうですか……」
「しかし……カウンセラーは対話により、少しずつ心の奥底の声を引き出すとされています」
「対話……」彼はその言葉を噛み締めるように呟いた。「僕はこの感覚に関して、深く考えようとしていませんでした。
もう、諦めていたのだと思います。でも、そうですね……少し、自分と対話してみることにします」
「自分との対話ですか」
「はい。思えば、ただ向かうだけで、自分と向き合うことはしませんでした。
もしかしたら恐れているのかも。自分を知ることを」
「……まぁ、先ほどもお伝えしましたように、全て私の仮説に過ぎません。
もしかしたら、オカルト的な力が働いていて、それに吸い寄せられていると言う非科学的なことかも、なんて」
「それだったら怖いですね」
そう言って彼は笑った。
「ここにはまだ滞在する予定ですか?」
「はい。そのつもりです」
「もし滞在中に答えが見つかりましたら、そのときはぜひ教えて下さい」
「はい。ありがとうございました。話を聞いてくださって」
「忘れていませんか? 私が話を聞きたがったんですよ?」
「そうでしたね」彼は笑った。
彼に別れを告げ、私は広間を後にした。
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