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しし座流星群の夜
「おねーちゃん、見て!今、ひとつ流れたよ」
「今年はいつもより多いんだね。でも、ほら。ちゃんと座らなきゃダメ。降りたらゆっくり見られるから。すみません、うるさくて」
眠っていたらしい僕が目を覚ますと、前の座席の通路側に座った女の子が、申し訳なさそうに何度も頭を下げた。
「いえ。大丈夫です」
ぼんやりと、まだ微睡の中にいるようなはっきりとしない頭のまま、ぼそぼそと口にする。
そっけなかっただろうか。
妹の舌ったらずな喋り方からして、まだ幼稚園児くらいだろうか。
そんな妹は、姉が謝った相手が気になるのか、ふたつの座席の隙間からこちらを覗いて――厚みのある紅葉みたいな手を振っている。
「だからちゃんと前向いて座るの」
再び姉の注意を受け、妹はおどけたように笑いながらも、ようやく座席に尻を落ち着けたようだ。
姉の方も、しっかりしている様子だが多分十歳前後だ。
とはいえ最近の子供は大人びている子も多いから、実はもっと下かもしれないが。
電車は音も無く、鬱蒼とした森、ネオン輝く街なかと、大地を滑るように駆け抜けていく。
さっきの姉妹は眠ったのだろうか。
なんとなく車内を巡らせた視線が、通路を挟んだ隣の女性とかち合った。
歳は僕とそう変わらないくらいだろうか。多分、二十代前半。
落ち着いた様子からまぁ大人だろうと予測できるが、僕と目が合って微笑んだ表情は、どことなく幼さを滲ませていた。
「こんばんは。良い夜ですね」
しっとりとした鈴の音のような声は、人見知りの僕には刺激が強い。
まるで甲羅に籠ろうとする亀のように首を縮めて俯き、「えぇ、まあ」と相変わらずの無愛想な返事をして、窓の方に顔を逸らす。
表情が硬かったような気がして、右の頬を撫でる。
暗闇の窓にうつる顔は、酷く痩せこけて、頬骨が浮いていた。
口角も下がり、緊張で引きつった僕の後ろに、さっきの女性が映り込んでいる。
膝の上の両手で何かを包み込むようにして、その何かを愛おしむような視線を落としていた。
大切な物なのだろうか。
「おねーちゃん、まだかなぁ」
眠っていた妹が、寝ぼけて乾いた声で姉に寄りかかるのが窓越しに見えた。
こんな時間に子供だけで電車に乗るんだなぁ。
静謐な闇のなか、遠くの民家のぽつぽつとした灯りも一瞬で後ろに流れ去っていくのを、ぼんやりと見つめていた。
遠洋に漁火が灯る海沿いの駅で、さっきの女性が降りて行った。
「さようなら、また」
白い半袖のワンピースの裾を整えながら会釈し、僕が返した「どうも」と味気ない返事にも目を三日月にして笑った女性は、手のひらサイズの小さな巾着だけを手にして、海辺の駅へ降りた。
扉が閉まり、電車がゆっくりと動き出す。
窓の向こうで手を振っている女性に、少しためらいながらも、胸の前で小さく振り返して、座席のシートに深く背中を沈める。
止まったままの腕時計の、擦り切れた皮ベルトの縁を撫でながら、再び小さな寝息を立て始めた姉妹から隠れるようにそっとため息を吐いた。
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