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「次は、ツバメが丘。ツバメが丘です」
使い古したビジネスバッグの重みが、心までをもずんと重くさせる。
電線の無い田舎の夜空は澄み渡り、暗闇にぼんやりと山々の稜線が黒いシルエットとなって浮かび上がっている。
電車を降りたところで駅員が立っていた。
「切符をお預かりします」
ツバメが丘はいわゆる無人駅だ。とは言っても、駅員もいるにはいるのだが、基本的に切符は改札に下げられた缶に入れて出るというスタイル。
今までこんなことあっただろうか。
戸惑う僕に、駅員が帽子の唾を下げながら白い手袋の手を差し出す。
「切符を頂けますか」
ホームに降り立ち、駅の出口に向かう僕に声を掛けてきたのは駅員だ。
「あ、すみません。どこに仕舞ったかな」
慌ててスーツのポケットをまさぐる。
切符はお尻のポケットにくしゃくしゃになって入っていた。
「このままで良いです。では、また夜明けに」
「え?」
切符を黒革のポーチに入れた駅員は、そのまま車両の後方にゆったりとした足取りで向かうと、そのまま車掌室に乗り込んだ。
駅員じゃ無くて、車掌だったのか。
黒い電車の先頭車両のライトが前方に放った光が、鈍色の線路を照らす。
次第にスピードを上げていく電車が走り去る間際、僕が乗っていた車両の窓から、あの姉妹の妹が手を振っているのが見えた。
ぷっくりと、少ししもぶくれの女の子が、満面の笑みで両手を窓に貼り付けながら振っているのを、僕はただ見ているだけだった。
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