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ベッドタウンの街はずれにあるツバメが丘駅は、特に見どころがあるわけでもない田舎の地域だ。
昭和の頃はメインストリートでもあったはずの商店街は高齢化が進み、八割の店が閉まっている、いわゆるシャッター商店街。
残りの二割は、耳の遠いお爺さんが営む書店と、無駄に声が大きく、良く言えばフレンドリーなおばさんが作る総菜屋――味は間違いなく美味しいのが客足の絶えない理由だ。わざわざ県を跨いでまで買いに来る強者もいるらしい。僕は、まぁ。子供の頃から苦手なのだけれど。
いつも店の前でまるまると太った猫が、ふてぶてしくも愛らしい顔で店番をやっている漬物屋と、夕方から酔っぱらいのサラリーマンがお世辞にも上手いとは言えない自己陶酔した陽気な歌を商店街に響き渡らせるスナック。
僕が生れる前からある「たこつぼ」という、タコがツボを掲げて踊っているクセの強いマークが目印の地元密着型のスーパーが一件。
商店街を抜けて、年中消毒臭い歯医者を横切る。
焦げたソースの残り香を、半分だけ空いたシャッターの隙間から漂わせるお好み焼き屋の前を通り過ぎながら、立ち飲み屋からの笑い声に押されるように歩を早める。
低い、野太い声が遠ざかり、街灯の少ない住宅街を民家の灯りを頼りに進み、ようやく左手に見えた築40年の二階建ての一軒家。
バッグを握りなおし、ふぅ、と息を吐く。
僕が唯一、心を落ち着ける場所。
不用心だな。
銀色のドアノブを握ると、すんなりと開いたことに思わず苦笑いが滲む。
「ただいま」
懐かしいような、少し湿気を帯びた木の匂いが僕の鼻孔をついた。
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