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「あ、三郎。ただいま」
うっすらとカレーの匂いで満ちた玄関に入ると、居間から飛び出してきたポメラニアンの三郎の頭を撫で、部屋を見回す。
壁掛け時計を見て、思わず腹の底から低いため息が漏れる。
奥の台所のコンロには小ぶりなやかんがひとつ。
水切りラックにはシンプルな白いお皿とコップが一組、逆さまに立てられていた。
「奈央子はもう寝ちゃったかな」
アーモンド形の円らな瞳で見上げる三郎は、嬉しそうに尻尾を左右に振りながら軽快に足踏みするだけだ。
鞄の外ポケットからスマホを取り出し、昼間に奈央子が送って来たメッセージを表示する。
「大事な話がしたいから、今日は早く帰って来てね」
奈央子がよく使うヒヨコの絵文字が添えられた一文。
次から次へと沸いて出て来る仕事をに押しつぶされそうな毎日。
安い給料しかない僕と結婚してくれた幼馴染の奈央子は、付き合っている時から仕事でどれほど遅くなろうと、小言ひとつ言わず、正直申し訳ない気持ちで罪悪感すら覚えるくらいだ。
バッグを足元に置き、ネクタイを緩めようとした時、二階から物音が聞こえた気がした。
「奈央子、起きてるのか?三郎、ちょっとごめんな」
足にまとわりつく三郎を跨いで、薄暗い階段を上った。
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