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星の見えない夜。俺は公園で、ぼんやりと地面を見つめていた。
夏みたく昼間の熱気が残ることもなく、ひんやりと冷たい風が、頬を撫でていく。
座ったベンチからも熱を奪われて行き、薄着の身体に鞭を打つようだった。
午後、九時。
はあ、とため息をはき、残り少ない現金で買ったホットコーヒーを煽る。
缶コーヒー特有の鉄臭さが残り、思わずむせた。
「――兄さん」
突然のことだ。
思わずコーヒーを煽る手を止め、瞬きをする。
「兄さん」
もう一度聞こえた声に、パッと顔をあげる。
それから、ふっと口角が上がった。
「ああ、リサじゃないか」
赤茶色のショートヘアに、銀のイヤーカフ。色濃く施されたメイクはきつく、元の垂れ目を隠すよう。唇はぷっくりと、これまた赤い。
――俺の幼馴染であり、妹のような存在だった。
彼女は少し息を吐き、「何してんの」と問うた。
「見りゃわかるだろ。何もしてないさ」
「ああ、そう」
興味なさげに、うなずく。そのまま何も言わず隣にドカッと腰を下ろす。
「呑気なもんだね」
「悪いか?」
「別に」
ふう、と一つ息を吐く彼女に、「なんだよ」と言葉を吐き捨て、残りのコーヒーをぐいっと飲み干す。
空になったそれを両手で包み、前かがみになってぼんやりと眺めた。
「……やりたいこととか、なかったの」
しばしの沈黙後、再び口を開いたリサに、「あー……」と返しつつ、苦々しく笑った。
「できたとしても、意味がないからなあ」
皮肉でも何でもない。したいことがなかった、と言えば、嘘になるけれど、だからと言ってやる気も出ない。
リサは、ハッと鼻で笑った。
「冷静なもんだ」
「面白みがなくて悪いね」
ほんの少しの罪悪感から口にするが、リサは口角を下げて、至極真面目な顔で言った。
「兄さんらしくて、いいんじゃない」
――らしさ、ね。
また苦々しく笑い、黙り込んだ。
刻々と時間は過ぎていく。
やがて公園に立っている時計が、十時を指した。
「――ねえ、日が昇るのは、見たい?」
リサがふと言った。目をやれば、彼女は少し目を細めて「ほら、どうせなら朝日に見送られた方が……」と続ける。
しかし俺は「いやだ」と首を横に振った。
「俺は昼夜逆転してるから、ちょうど寝る前なんだよ」
――やっと来る至福への入り口を前にしてお預けはなしだろう。
そう主張すると、今度はリサが苦笑した。
「そうだった、兄さんは睡眠命のヴァンパイアだった」
「いや、そこまでじゃないから」
乾き始めた唇を湿らせつつ、言い返す。が、リサは、「はいはい、わかってるって」と相手にせずうなずくばかり。
「眠りについた後だね。了解」
片手でスマホを操作すると、彼女はすっと腰を上げた。
「それじゃ、アタシは帰るね」
ニッコリと笑ったと同時に、髪にかかっていた髪がはらり、と数本落ちた。
――ナチュラルメイクで、髪ももう少し長かったらかわいいのにな。
もったいない、なんて思いながら、俺はうなずいた。
「ああ、気を付けてな」
瞬間リサの表情が固まった。やがて笑みを消した彼女は口を動かす。
「兄さんも――」
もう一度うなずけば、リサは今度こそ軽く手を振って背を向けた。
「――ああ、ほんと、呑気なものだね」
俺は明日、彼女に殺される予定だと言うのに。
吹いた風は、すでに初冬のように冷たく、鋭い刃のように身体を刺してはどこかへ去っていった。
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