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ごみ捨て場からの帰り道、睦の家より手前に山崎さんのお宅がある。
行きずりの男を一晩連れ込んだ、山崎さんの奥さんの家がある。
通りかかるときに睦は庭を見た。
山崎さんの奥さんは、スコップで庭の土を掘り起こしていた。
またなにか花でも植えるのだろうか。
ふと奥さんが顔を上げた。
眉のない顔で真っ赤な口紅の顔で奥さんは微笑み、額の汗をタオルで拭うと、おはようございますと言った。
「お、おはようございます」
睦は頭を下げた。
甘いキンモクセイの香りがむせ返って、呼吸がしづらいほどだ。
睦は、山崎さんの奥さんがどんなひとだろうと自分には関係ないと思った。
このひとの謎めいた雰囲気がキンモクセイの香りのように甘美で、その魅力がたとえ三里先まで届くのだとしても、睦にはなんら関わり合いのないはなしなのだ。
私はこのひとのことで不安になったり嫌な気持ちになったりする必要がないのだ、と睦は思った。
「ご精が出ますね」
睦は言った。山崎さんの奥さんは赤い唇でにっこり笑って会釈した。
≪了≫
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