キンモクセイ

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ある日などは息子の凪の手を引いて通りかかると、山崎さんの奥さんが凪に向かってこっちこっちというように手招きして、エプロンの前ポケットから出した小さな瓶をその手に渡した。 「ありがちょ」  と凪は言って、もらった瓶を嬉しそうに睦に見せた。 「キンモクセイの花を集めたの。いい香りがするわよ」  奥さんは言うのだが、なんだろう、睦は嫌な気持ちになってしまい、しばらくその嫌な気持ちが抜けなかった。 山崎さんの奥さんに対して嫌な気持ちを抱く理由なんてない。 けれどしめやかにひそやかに、忍び入るかのようにさりげなく、暗く意地悪な気持ちに浸ってしまう。 こんなふうに甘い香りが強く漂う季節には、まじないのような戒めのような言葉が脳裏に浮かぶ。 『山崎さん家のキンモクセイは、三里先まで漂い(きた)る』
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