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第十話
放課後の音楽室に拓海はいる。梅村が死んでいた場所をじっと見つめて思案していた。前にも確認はしたが、彼女の首が吊られていたドアノブはすでに交換されている。
「なにか痕跡は残ってないか……」鑑識達によって、指紋や足跡など徹底的に調査は済んでいる。結論から言うと指紋は綺麗に拭かれていたのと、足跡は無数にあり、犯人を特定するには至らなかった。
「ちょっと君、何をしてるの?」唐突に後ろから声を掛けられて拓海は振り返った。
「あっ……、恵、いや麻生先生!?」
「あら、光栄ね。ちゃんと名前を覚えてくれてたのね」恵子は書籍を両手で胸に抱きながら微笑んだ。
「なぜここに……?」
「あなたこそ、放課後の音楽室にクラブ活動でもない生徒がいるほうが珍しいわよ」彼女の胸元に抱かれていた本は楽譜のようであった。
「でも、あなたは英語の先生じゃないんですか?」拓海は不思議そうな顔をした。
「あら、英語の先生が音楽好きだと変かしら?」そういうと恵子は楽譜を机の上に置いてから、奥の部屋からギターを持ってきた。
「ギター、弾けるんですか?」
「ううん全く、あなたは……もしかして弾けるんじゃないの?」彼女はギターを拓海に差しだした。少し戸惑いながらも、拓海はそれを両手で受け取った。
「少しだけなら……」拓海は椅子に腰掛けるとギターを構えた。拓海は学生時代、軽音楽部でバンドを組んでいた。彼の担当はギター、そして恵子も同じバンドのメンバーでキーボードとボーカルを担当していた。しかし、高校を卒業し警察学校に入学してからは音楽からも距離を置いていた。ギターの弦に指が触れると、まるで昔の記憶が甦るように懐かしい音楽を奏でた。
「…………」恵子はギターを弾く拓海を眺めながらピアノの椅子に座ると、彼のギターに合わせて鍵盤を叩き始めた。その心地好い感覚に二人は自然と笑みがこぼれた。
「君……、もしかして……」伴奏が終わって余韻が醒めないうちに恵子の唇が開いた。
(まさか……、バレたか!?)拓海は大きく目を見開いた。
「お兄さんいるでしょう!」恵子は前のめりになり興味津々の顔で質問してきた。
「えっ、お兄さん!?」
「だって、名前も似てるし、今の曲は彼が好きだった歌だもの」似てるというよりも同じ名前なのだか……。
「あっ、ええ、います。お兄さんがいます」彼女の勘違いに乗っかることにした。
「やっぱり、道理で顔もそっくりだと思ったのよ」流石に同一人物という発想はないようである。
「あはははは……」拓海は呆れて笑い声がこぼれた。
「お兄さん元気?今は何してるのかしら?」恵子は詰め寄るように聞いてくる。
「あ、ああ元気ですよ……、今は普通の……サラリーマンです」後退りしながら拓海は答える。
「……け、結婚は?」言葉を口にしてからなぜか唾をゴクリと飲んだ。
「えっ、結婚!?いえ、まだ独身です」拓海は左右に首を振る。
「良かった!」なぜか、嬉しそうに微笑んだ。
「良かった……?」意味が解らず拓海は首を傾げた。
「あっ、いえ、ごめんなさいね……。ちょっと気になっただけ……よ……、えへへへへ」笑いで誤魔化そうとしている。
「あっ、そうだ。話は変わるのですけど……、麻生先生は、亡くなった梅村先生と仲は良かったんですか?」
「えっ、梅村先生……」急に彼女の顔が真面目になった。
「…………?」
「そうね。仲良かったわよ。休みの日は二人で遊びに行ったりもしたわ」恭子は少し遠くを見るような目をした。
「梅村先生はどうして亡くなったんだと思いますか?」拓海はギターを机の上にゆっくりと置いてから扉に近づいた。
「解らないわ……。そんな自殺するような人じゃなかったわ……。でも、どうしてそんな事を聞くの?」恵子は少し怪訝な顔をした。
「いえ……、別に理由はないのですが……、すいません」なぜか謝ってしまった。
「ううん、謝らなくてもいいのだけれども……、あまり学校でその話はしないほうがいいと思うわ」恵子は教師の顔に戻っていた。
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