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第一話
それは春。
新学期を迎える私立高校の音楽室での出来事だった。
春休み最後の休息日を終え、早朝練習の為に、登校した吹奏楽部の女子が第一発見者になる。
「きゃー!!」大きな悲鳴が、廊下にも響き渡った。
「なんだ!大丈夫!?」その声を聞いた生徒達が音楽室に飛び込んできた。そして、その目前に現れた光景に腰を抜かす者、嘔吐する者、反応は様々であった。
「お、おい!先生!!いや、警察に電話しろ!!」丸坊主の男子生徒が近くの生徒を捲し立てる。
「あ、ああ」指図された男子生徒がスマホを取り出して、震える指で画面を押そうとする。「あ、あれ?警察って119……、111だっけ」頭が混乱して思い出せないようであった。
「貸しなさいよ!」生徒のスマホを女子生徒が奪い取る。
「あっ、すいません!○○市の私立高見原高校の音楽室で、人が首を吊って死んでるみたいなんです!はい……、いいえ救急車はまだ……、ええ……、はい、わ、私は、麻生恭子です……、はい、宜しくお願いします」恭子はスマホの通話ボタンを押すと持ち主の胸元に押し付けるように返した。
「なあ、これって……、梅原先生……だよな」丸坊主の生徒がしゃがみこんで下から見上げる。
項垂れた顔は見覚えのあるものであった。
梅原という教師の体は、音楽室の楽器を収納している倉庫と思われる部屋のドアノブに掛けられたロープで首を吊られていたのだ。
「有村君、やめなさいよ!」恭子は先ほどの丸坊主少年、有村の腕を掴んで引っ張った。その拍子で彼は体制を崩して床に転がる。
「ひでぇな」汚れた制服の尻や股の辺りを叩いた。
「こら、お前達!一体何の騒ぎ……」学年主任の平山が騒ぎを聞きつけて音楽室に飛び込んできた。まだこの状況を教師達は把握してない様子であった。「これは、まさか……、梅原先生か……?きゅ、救急車を早く!!」平山はズボンのポケットからスマホを取り出した。
「もう、麻生が警察呼びました」まるでその言葉を合図にでもするように、外から騒がしいパトカーのサイレンの音が聞こえて来た。
「警察って、まさか……」平山は疑心暗鬼で覗き込んだ。
「たぶん自殺ですよ。もう、死んでます」恭子が淡々と告げる。この状況で変に気が座ってる奴だなと有村は感心する。
改めて、恭子の言葉を聞いて泣き出す女子生徒や、悲鳴を上げる者もいた。しばらくすると、数人の警官と私服の見た事の無い男達が飛び込んできた。
「皆さん、遺体から離れてください。おい!
現場を保存しろ!」高級そうなスーツを着こなした男が警官達に指示した。
「はい!」敬礼をすると数人の警官と鑑識官らしき男達がテキパキと作業を始めた。
「えーと、通報してきた麻生さんはどなたですか?」刑事が生徒達に声をかける。
「あの、私が麻生です……」恭子は小さく挙手すると前に出る。
「麻生……?」違う方向から名を呼ばれて声の主を探す。そこには無精髭にサングラス、ラフなシャツにジーンズ姿の男が立っていた。
「麻生さん、あなたが第一発見者ですか?」刑事が質問を始める。
「いいえ、最初に見つけたのは……」恭子の視線は、クラスメイトの近藤公美子を探した。彼女は廊下の隅に隠れるようにして震えていた。
「彼女ですか?」無精髭の刑事が公美子を見つける。どうやら恭子の視線を追っていたようであった。
「ええ……」恭子は小さく頷いた。
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