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第一章 旅立ちの時
時は一八XX年。
小さな村の教会には子供たちが集まり、神父の元で今日も安心して一日が過ごせるようにと祈りを捧げていた。神父が祈りを捧げる先の女神像には、月に向かって剣を携える一人の女性が佇む姿がある。
「リュージェ様、今日も一日、このコルコット村にご加護を」
神父はその女神をリュージェと呼び、胸に持っていたロザリオで十字を切った。その場にいた参列者たちも一緒に十字を切る。
「ハザード、カイン。剣道場までダッシュだ! 行くぞ!」
祈りの時間が終わると同時に服を脱ぎ、さらし姿を見せるとその、体中に傷負った男が背中に剣を携えて、教会から駆け出す。
「待ってよ! 父さん! まだリュージェ様に祈りが届いていないよ」
赤い服を着て背中には体より少し大きい剣を刺した子供が先ほどの男に弱音を吐く。
「ハザード、先に行くぞ。俺はリュージェ様のご加護は頂いた」
赤い服の剣士をハザードと呼んだ青い服に身を包みピンクの柄の剣を腰に据えたハザードと同い年くらいの剣士が彼の横を駆け抜ける。
「待ってよ! カイン! 二人して置いてかないでー!」
ハザードの嘆きの声に二人は見向きもせず剣道場へと向かう。ハザードもそれを必死で追いかけた。
――剣道場。
「おはようございます! ザーギン師範!」
ハザードとカインを引き連れて走っていたさらし姿の男はザーギン師範と呼ばれ慕われている。
「頑張っているな。感心なことだ。皆、これより実践形式での稽古を行え! 配置につき、始め!」
ザーギンの一声で訓練生は隣にいる訓練生同士で剣を交え始める。
「さて、ハザード。俺たちもやるか」
「カイン。お手柔らかにね」
ハザードとカインも剣を引き抜く。
「ちょっと待て! 二人とも!」
「え?」
不意にかかった大きな声にハザードとカインの交わろうとしていた剣が止まる。その大声に他の訓練生の剣も一瞬にして止まり、剣道場は硬直状態になった。
「ハザードとカイン。お前たちはもうお互いのレベルを知り尽くしているだろう。今、何戦何勝だ?」
ザーギンはハザードに問いかける。
「七〇勝七〇敗です」
「それは五分五分ということだな」
ハザードは「はい」と頭をかいた。カインは剣を一度、鞘にしまう。
「今日、勝って五分じゃないようにします」
「まぁまぁ。そういうな。カイン。俺が二人に聞いたのには理由がちゃんとある。みんなにも聞いて欲しい!」
ザーギンの言葉に、素足で面と胴着を身につけ、竹刀を手にした訓練生がザーギンたちの周りに集まる。
「今、この剣道場で一番、力があるのは誰か分かる者はいるか?」
ザーギンの問いかけに剣道場の訓練生がざわざわとし始める。「カインさんだろ?」、「いや、ハザードさんじゃないか?」色々な言葉が飛び交う。
「そうか。みんなの意見も割れているか。それなら誰が一番強いか決めてみようじゃないか!」
ザーギンの言葉に訓練生のざわめきはさらにヒートアップする。
「俺、カインさんとは戦いたくないぜ」
「俺だって」
そんな声が飛び交うとカインとハザードは剣を抜き、「臨むところだ」と声を揃えた。訓練生たちは「棄権します」と誰一人、二人と戦おうとはしなかった。結局、ハザードとカインの二人が残った。これでは誰が一番かなんて決めようがない。そう思ってしまうのも無理はなかった。
「そうか。カインとハザードは五分の実力だ。それなら、二人で私にかかってこい。一度でも私に傷をつければ二人共に栄誉として、この剣道場の宝物庫にあるコルコット村に伝承されるコンコルドソードを授けよう」
「なっ!」
「コンコルドソードを?」
ザーギンの言葉にさすがの二人もビックリせざるをえなかった。「コンコルドソード」これはコルコット村に伝わる神様リュージェが携えていたとされる剣だった。誰も触れることは許されない剣で、剣道場の奥深くに眠っていると言われていた。その剣を授かれるというのだ。嘘のような話でにわかに信じがたかった。
「おいおい、もうもらった気でいるのか? 俺も見くびられたものだな。俺に傷をつけれると?」
そうだ。ザーギンに剣を当てればの話だ。剣を交えるだけで、いっぱいいっぱいで、おそらく身体には当たらないだろう。それでも「コンコルドソード」は拝みたい。こんないい話はもう二度とないかもしれない。
「カイン!」
「ハザード!」
「やってやろうじゃないか!」
二人の声が呼応した瞬間だった。剣を引き抜くと、ザーギンも剣を構える。カインはザーギンの左から、ハザードは右から攻撃を仕掛ける。ザーギンは剣が自分の近くにやってくるのを見計らって後ろに身を引く。すると、カインの剣とハザードの剣が当たり、金属音が剣道場に鳴り響く。
「うっ」
「くそっ!」
初歩的なやりとりでザーギンは攻撃をかわす。ザーギンはすぐさまカインの後ろに回り込むと、頭に剣を当てた。
「カイン、お前の命はもらった」
「カイン!」
ハザードはカインを援護しようとザーギンの方へ剣を持って一直線に走り込む。ザーギンはカインの身体でハザードの剣を回避し、自分の剣をハザードの頭の上に置いた。
「ハザード、お前の命ももらった」
こうして、ザーギンは二人の命をいともたやすく頂いてしまった。剣道場は訓練生からの拍手と歓声で大いに盛り上がった。
「にしても、ザーギンさんの剣術はさすがだったな。ハザード」
カインは服を拳法着から普段着に着替えながら、自分の剣を磨く。このコルコット村で剣を扱えるのは、剣術ランク星五にならないと竹刀から持ち替えることは出来ない。そして、それを扱える場所も剣道場のみとされている。カインに話しかけられたハザードは、「うん。父さんは一体、どこであんな技術を身につけたんだろうか?」とカインと話していた。
ハザードはザーギンのことを父と呼んだ。
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