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自宅から向かった先は、経営者になる前からよく呑みに来ている歓楽街でもある。もちろん龍弥の経営する店舗もいくつか在るエリアなので、出来るだけ店からは離れた場所に向かって歩く。
ここ10年ほどで、この場所もえらく様変わりした。昔よく入り浸っていたクラブはとっくに潰れ、馴染みの人間と会うことも少なくなってきた。けれどそれは同時に、その場凌ぎの相手と関係を持つには都合のいいことだった。
「お兄さんの金髪キレイだね。さっきもこの辺に居なかった?もしかして今日の相手探してるの?大胆だね」
「は?いやいや、僕は……」
目的のバーに向かう途中、すれ違った男性がナンパだろう、声を掛けられて居るのが見えた。
(違うならサッと断れよ。クソだせぇな)
龍弥は一瞥くれるだけで、その場をそのまま通り過ぎようと視線を前に戻す。
「あ、ちょっと。探したんだよ。勝手に行くなんて酷いじゃないか」
その言葉と同時に手首を掴まれて、龍弥の身体は後ろに引き摺られバランスを崩す。
「ちょ、おい!」
「ごめんごめん。急に引っ張って悪かったってば」
龍弥の体勢を整えながらそう言う彼は、見れば話を合わせてくれと、それっぽく表情を動かす。
ナンパから逃げるしては強引な手法だが、この手の対処が苦手な人間がいることも知っている。
仕方ないとばかりに、龍弥は掴まれた手に指を滑り込ませて握り込むと、面倒臭い様子は無くさずに呆れた声を出す。
「お前なあ……気が変わって来るのは良いけど、目の前素通りした上にナンパされるとかマジでねえだろ。相変わらずその耄碌した目、どうにかしろよ」
「悪かったよ。コンタクトをどこかで落としたんだ。そういうことだから。無事に恋人とも合流できたし、行く店も決まってるから、ごめんねお兄さん」
自然な会話を装って龍弥の手をしっかりと握ると、それを持ち上げて左手首にはまった永遠を意味する高級ブランドのバングルを意味ありげに光らせた。
その様子を見て、ナンパをしてきた男は苦い顔でその場を立ち去っていく。
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