第一話 二週間前

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「今、私は何をしてたと思う?」 「えっ?」  不意に言われた質問に、もう一度部屋を見回した。部屋中全部がひっくり返されて散ちらかっていて、空のクローゼットに、すでにまんぱんのゴミ袋。整理整頓やただの掃除ではものたりない、そんな意気込みが出た部屋。 「大掃除?」 学校を休んでまですることじゃないが、それ以外に思いつかなかった。透子はにっこりと微笑む。 「広大は、世界滅亡予言を信じる?」 一間、置いて言われたことは、まったく予想外の答え。というよりも答えになっていない返事だ。透子の言いたいことがまったくわからない。 「……話題に出す程度には」  それはつまりほとんど信じていないけど、少しは不安だから口に出して人と話して紛らわす程度には、ということだ。世の中の大半の人は俺と同じぐらいの信じている、というよりは信じていないのではないか。信じたくないから悪い冗談だと誤魔化して、そして案外、当日は忘れてしまっていて、その日の終わりに何も起こらなかったと安堵して馬鹿にする。そんな程度。 「私は、信じてる」 妙に落ちている透子は、はっきりとそう言った。透子の程よく高い声はよく通る。 「予言によると二週間後に世界は滅びるんだって」  その予言は見たことがある。たまたま流れてきたネットの記事で特集が組まれてた。その記事は数十年前にもあった世界滅亡予言のことも書いていて、こういう予言はたまにあるものなんだなぐらいに見ていた。 「何が起こるんだろう? でも、なんだったとしても、私の命もあと二週間もないかもしれない。そう考えたら死ぬ前に準備しなくちゃと思って」 透子は部屋を見渡した。部屋は相変わらずものに埋もれている。 「えっ、ちょっと待って」  ちゃんと話を聞いていたはずなのに、俺にまで意味は届かなかった。透子にならって部屋を見渡したけど、やっぱりわからない。それでも透子は滑らかな活舌で続きを話していく。 「部屋が汚いまま死んだら嫌だなって。死んだ後に見られたらいやなものとか処分してるの。立つ鳥は後を汚さないって言うでしょ。テレビとかで家屋の崩壊とか見てさ、あんなふうに自分の物が外にあふれるところを想像したら、いてもたってもいられなくなっちゃって」 言っている内容と透子の話し方のミスマッチが気持ち悪い。いろいろ否定したいこともあるのだけど、脳が上手い言葉をひねり出してくれない。 「もしかして全部捨てるき?」 自分の問いに、そこじゃないだろと心の中でつっこんだけど、でも何を問うべきなんだろうか。 「違うよ。いらないものだけ捨てるの。大切なものと必要なものは捨てないよ。生きていた私はそれを持っていたということに意味があるの。これは死ぬための掃除じゃなくて、生きていることの掃除」  透子の受け答えはしっかりしている。昔から変わらない利発的な頭のいい子な様子で、でも出てくる言葉は非現実でその落差に戸惑う。なぜそこにいたったのか理解できない。でも透子が予言を信じきってしまっていることだけはよくわかった。 「死んだらそんなのどうでもいいだろ」 呆然となった口からため息がこぼれる。透子も俺と同じく占いの類は興味がないほうで、夢も大きくは見ない子だった。離れていた四年にいったい何があった? 「広大はそうなのかもしれないね」 「よくわからないんだけど」 「そうかな、でもそうだね、とにかく大掃除、大掃除だよ」  全ての言葉に返事があるのに、どれも意味が分からなくて頭が痛くなる。俺は透子の言いたいことがつかめていない。いや、わかる。透子は予言を信じてそれに対して準備をしているんだ。だけど、なぜ、そんな世界滅亡だなんてどこのだれが言ったかわからない予言を信じることが出来る? 数十年前にもあったそんな予言は何も起こらなかったはずで、これまでにもいろんな予言があったはずで、だけどなにも起きていない、人間はこんなにも繁栄している。  今回の予言は何が透子をここまで信じ込ませた? 何が透子の心を惹きつけた? 何が透子をあきらめさせた?  全然、よくわからない。俺が透子のことをわかってないからだろうか。離れていたから、こんなことになってしまったのか。透子はもともと頑固で頑ななところがあったけど、それでも、こんな死ぬことを前提に予言なんてものを信じ込むような子じゃなかったはずだ。 「学校はどうするんだ」 「明日は、ちゃんと行くよ」  透子はそう拗ねたように口にした。日常を全面的に投げやりにするつもりはないらしい。  片手で顔を覆ってみたけど、指の隙間からはとっちらかった部屋が見えて、何かを考えた端からぐちゃぐちゃになりそうだ。 「とりあえず手伝う」 「ありがとう」 透子はそう笑う。元が綺麗な顔なだけあって、とても華やかだった。  もやもやしたものが肺に溜まっていたけど、この部屋ではそれを吐き出してもすぐに取り込んでしまう。何も考えられないけど、明日の学校にはちゃんと来てほしい。それだけ考えて一生懸命部屋の掃除を手伝った。窓や床ふきをして黙々と手足を動かしていると、非現実な会話のことも忘れられる気がした。  必要なものと捨てるものを選別してる透子は目が真剣だった。手に持っているのは見覚えのある薄汚れたくまの人形で、それをなでてから眉尻を限界にまで下げてゴミ袋にいれた。その表情は痛々しい。 「そんなに捨てるのがつらいなら持っとけばいいじゃん」  何を捨てる時も透子はまるで通夜のような顔をするので見ているのがつらい。透子は手にしていたキャラクターのついたかばんをにぎってから、やはり悲しい顔でゴミ袋にいれる。 「でも、キャパオーバーなの」 力なく笑っていっぱいになったゴミ袋の口を結んだ。
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