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第ニ話 十一日前
一昨日、透子の部屋を一緒に大掃除した。そして来たる予言のためにやり残したことに付き合うと約束した。早速、無事学校に来た透子に明日、山に行こうといわれて、俺は透子と一緒に近くの山を登って海を見ていた。
海はなだらかだった。日の光を白く反射して光っている。
日なたは暑いからと木陰で昼食をとる。時折、風が吹いて山の木々が重なり合う音が涼しい。皮膚にじんわりと汗の粒が浮かんだけどそれは気持ちよいと感じた。
「あっ、蚊だ」
腕に蚊が止まっていた。叩くと気づいたのが遅かったのか飛んでいった後だった。
「咬まれた?」
「咬まれた。俺咬まれにくいんだけどな。さすがにこんなに汗かいてると蚊も来るか。透子は咬まれてない?」
「わたし、虫よけスプレーしてるから。貸そうか?」
「貸してほしい」
腕にかけるとひんやりしてきもちいい。独特の匂いが鼻に来る。じぶんがこのスプレーの類をもっていたことはないのに、それが嫌に懐かしくて、一緒に遊んでいた子供のころ透子から借りていたことを思い出した。外に行くときは必ず持ってる。そんな子、他にいなかったから、不思議だった。
「蚊がかわかいそうだから」
いつだったかそう泣きそうになりながらスプレーを借してくれた。
「ありがとう」
「どういたしまして」
風が吹くと涼しいと話しながらスプレーを治す透子は楽しそうだけど、急に幼い頃を思い出したからか、あの時の泣きそうな透子がちらついた。
「もう、今日はここまで? ここが目的地?」
「そうだよ。ここに来たかったんだ」
崖下の海岸で子供たちが遊んでいた。小学校はもう終わったのだろうか低学年ぐらいの子供達は、はしゃぎまくって、服のまま海に入っている。
透子を見ると透子もその子供たちを見ていた。昔、俺たちがあれくらいの頃もよくああやってはしゃいで遊んでいた。そして良くこの崖を見上げてはあそこに行きたいと言っていたものだ。ここは途中の道のりも険しく落ちたら危ないので、親たちが口をすっぱくして駄目だと言っていた。今となっては懐かしい。
「懐かしい」
透子も同じことを思っていたのかそうつぶやいた。
「広大は、今日までにここにのぼったことがある?」
「中学の頃に何回かのぼったな」
危ないと言ってもそれは幼い子供にとってはてことだ。険しくても道はあるので、体が出来てくると決まって地元の男子はこの山に登っていた。何かあるわけではない。しいて言えばロマンだろうか。
「男の子はみんな登ってたよね。私はそれがすごくうらやましかったんだ。私も登りたいと思ってたけど、周りの女の子は虫も疲れるのも嫌だって、男はバカだって言ってて、そんなこと言い出せなかった」
中学生は女の子のほうが大人っぽいと相場が決まっていている。山に登って、嬉しがってる男子はたいそう幼稚に見えただろう。
「今日、登れたじゃん」
「うん。夢がかなった。思ってより、だいぶ楽だったよ」
道は整備されてなくて雑草と木の枝がうっとおしいから険しく見えるけど、急な斜面はないのでのぼってみると案外楽だったりする。崖も近づかなければ危なくない。
「それは、よかった。まぁ、帰りが本番だけど。ゆっくり休憩してから、帰ろう」
透子はうなずいて、再び子供たちを見る。
「明日は、海岸に行こう」
「学校は?」
「行くよ。だから帰り、ミシマヤで待ち合わせね」
「懐かしい」
ミシマヤは小学校の近くにある駄菓子屋のことだ。
「じゃあ、後から来たほうが、十円ラーメンのおごりな」
「懐かしい」
透子は声をはずませて笑う。晴れた日ざしに良くにあった健康的な笑いだった。木々は青く、空は青く、海は青く。些細な幸せ。こんなにも世界は平和なのに。
「今日は、いい天気だ」
まだまだ日が高いからと透子と喋りながら時間をつぶした。
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