第ニ話 十一日前

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 翌日の学校はいつもと何も変わらなかった。前の席の奴に何で休んだの、と聞かれて親の手伝いと答えた。漁師が多いこの街では親の手伝いで学校を休むことは黙認されていた。特にシーズンでないこの時期でも、あまり突っ込まれることはない。  ななめ後ろの席で透子はおしゃべりしていた。同じようなことを聞かれて、体調がすぐれなかったと答えているのがもれ聞こえていた。透子の家は父親が役場で母親が病院勤めなので、俺みたいな言い訳はできない。  この数日で透子と時間のへだたりを解消できた気でいたけど、学校では何の交流もしていない。話しかけようかとも思ったけど、透子はたいがい女の子の友達とおしゃべりをしていて、なかなかタイミングがつかめない。放課後、彼女は本当にミシマヤに来るのだろうか。なんてことが不安になってしまう。  トイレに行こうと席を立った。後ろを向くと透子と目が合う。 にっこりと笑んで透子が手を振った。 「約束、忘れたら駄目だよ?」 「忘れねーよ」 あまり愛想がいいとはいえない返事をしてさっと透子の横を通った。  さっきまで心配してた俺の心を読まれたかのようで、びっくりして焦った。動く足がぎくしゃくしてもつれそうになったのを速足でカバーする。トイレに行くという目的なのになぜか階段を下りていた。とにかく歩きたい。  透子は今までもこうだった、というように自然に俺に笑って、俺と話した。  それを俺はずっと欲していて、何年もどうにもできなかったもので。  何年も自分で動けなかったくせに、動けなかったからこそ。  もう、絶対に放したくない。  学校が終わって俺はいつもどおり、さっさと教室を出た。透子はまだ話しているようだった。それを横目に通り過ぎる。なにも言われなかったので、学校から一緒に帰るわけではないらしい。きっと待ち合わせという行為が重要なんだろう。  何人かの知り合いに会って、そのたびにばいばい、また明日。と手をふった。  ミシマヤは小学校の時に良く冷やかしていた駄菓子屋だ。地元民が遊ぶ浜辺の近くで、幼い頃はよく待ち合わせに使っていた。それでも月日は早いもので、最後に行ったのは思い出せないほど前だ。足を踏み入れるのはとんと久しい。  ミシマヤの戸は開きっぱなしで、だけど中には誰もいない。危ないとは思うけど、それが変わっていなくて嬉しいとも思う。戸に付属していた鐘を揺らした。カラカラと古い金属の音が鳴る。 「おばちゃん。籠ちょうだい」 「いらっしゃい」  中から、腰がまがったおばちゃんが顔をだして紙の箱をくれた。その籠と呼ばれる紙の箱は駄菓子がもともと入ってた箱で、そんな些細なことが変わらなくて懐かしかった。  駄菓子で埋め尽くされた店内。全部安くて小さい。小さい頃はわずかなお金で一生懸命計算して、買うものを決めていた。でも今は駄菓子くらい計算しなくても大丈夫なくらいのお金がある。ほしいものを次々と籠にいれていく自分に少し違和感をもった。 「おばちゃん。わたしも籠ちょうだい」   後ろから透子が入ってきて、籠を受け取った。 「遅かったな」 「みんなでおしゃべりしてると離れるタイミングがわからなくて」  そう透子は苦笑して十円ラーメンを手に持った。 「負けちゃった。何個、買おうか」 「五個。俺の分もとって」  ばらばらと二つの箱にその駄菓子が入ってく。俺の箱の中は、もうそれでいっぱいになったので、そこで終了することにした。 「いっぱい買ってるじゃん。お金持ち」 「バイト代つかうとこないから、たまにはリッチにいかないとさ」  駄菓子をつめて貰っていると目のまえでたくさんの紐が入った袋が揺れた。ひもの先についているのは飴だ。 「あと、これ二つ」 「すきなの引っ張ってね」  お金を渡して袋から、二本紐をひいた。ざらめがついたまっ黄色の飴。その飴を食べて帰るのが定番だった。 「透子、口あけて」 「え、何」 透子の口の前に飴をさげると、パンくい競争みたいに口にくわえた。 「ひもあめだ。なつかしい」 この飴を食べると口から紐がだらしなくさがって、もう図体が大人の俺たちにはなんとも不恰好だ。それがおかしくてお互い笑いあった。  透子が店を出てきたので二人でどちらがともなく海を目指す。もう何年も通っていない道だけど定番のコースを足は覚えてて何の不便もなく進む。駄菓子がぎゅうぎゅうにつまった透明のビニール袋を片手に歩いて、口から紐たらしているなんて、子供みたいで、でもまだそれができるから今の自分はまだ子供なのだろう。  日はまだ明るいけれど、暑さは落ち着いていた。海が見えてくると元気な子供たちも一緒に見えた。甲高い声は楽しそうだ。  堤防の急な階段をおりて潮風にさらされているベンチに座った。
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