第ニ話 十一日前

3/4
前へ
/38ページ
次へ
「海、入らないのか?」 「私、かなづちだし」 「あぁ、そうだったな」  透子はビニール袋からチョコレートバーを出して食いついた。チョコはもう溶けてきていて甘いにおいが漂う。  目の前では子供たちがTシャツと半パンをぬらして遊んでいた。俺も昔はそうして遊んだけど、透子がびしょぬれになって遊んでいるところは見たことがない。透子はいつも砂浜で一人砂遊びをしていた。そして時折、海ではしゃぐ友達をさみしそうにみる。それが見ていていたたまれなくて、俺はいつも途中で透子のもとへ駆け寄る。 「小さい頃、一人で砂遊びしてると、必ず広大が海水まずいって、一緒に遊んでくれるのが嬉しかった」 透子は革靴で砂に円を書いていた。軽い砂は霧みたいに舞う。  俺は買ってきた駄菓子を取り出した。少々買いすぎたと思ったけど、また、明日食べればいいかと思い直した。手にした駄菓子は棒状のシガレットで口にくわえた。 「それ、もう手が大きいから、タバコの真似すると不恰好だね」 「これは、タバコの真似事をする俺ってかわいいっていうアピールのためだから、多少不恰好がいいの」 「すぐ適当なこと言う。はいこれ」  透子は十円ラーメンを五つ取り出した。さっきの勝負で透子は負けたので、それを受け取る。でも俺も五つ買っていて十もいらないので俺の分をあげた。  この駄菓子はあたり付きで十個かったら二、三個はあたるぐらいあたりが出やすい。あたりは印刷された金額分の金券になる。 「おごりの意味ないじゃん。あっあたり。二十円だって」  小さなカップにビニルの蓋がついていてそれに赤く二十円と印刷されていた。昔はこんな金額でも嬉しかったものだ。どんどん消費していって、他にも三十円と十円が一つずつあたったので合計六十円のあたりとなった。 「さすが。不景気なのにこれは変わらないな。六十円で何買う?」 「十円ラーメン六個かな」 「企業の思惑通りだ」 そう言って二人で笑いあった。  二人で小さな砂の山を作った。その間に日がだんだん傾いてきていて、太陽が赤みを帯びてきている。いつの間にか人が減った。小さい子達から帰っていったようだ。  水のはねる音がする。幼い頃によく聞いた音だ。この数時間すべてが懐かしくてなんだか過去と現実が一緒に溶けてあいまいになっている。  帰って行く子らを眺めていると知っている子がいた。俺が通う書道教室にきている子供だ。はしゃいでいる姿は、教室で書いてる姿とは別人で、人間はあんなに小さくても複雑にできているなと思う。 「さっきの六十円あげるよ」 透子は砂の山をガサガサとくずした。 「でも、俺、次いつ行くかわからないし」 ミシマヤはおれの家から反対方向だ、その上でかい男が一人で駄菓子屋なんて行けない。どちらかというと透子の方がまだ近いし、使えると思うのだけど。 「私は、もう行かないよ」  そこで気づく。あまりに懐かしくて、楽しくて、今日、何でここにいるのか忘れていた。でもこの懐かしさこそ、今日の目的だったのか。未練を残さないために。来たる予言にむけての準備。 「ミシマヤで待ち合わせて海で砂遊び。本当に懐かしかった」 「確かに懐かしいけど」 「来たらもっと未練が残るかもと思ったけど、そうでもないね。懐かしくて楽しかった。それだけだ」  そんなさっぱりと言わないでほしい、未練がないなんて。楽しかった、なら次にくる言葉はまた来たい、だろう。 「広大!」 遠くから声がした。振り返るとさっき見た少年がこっちに駆けてきた。 「なんだ、将太」 「別に用はない」  将太という教室が一緒の小学生だ。日に焼けた肌で快活に笑っている。将太もさっきはしゃいでいた子供たちの例外でなく汗か海水かで服をぬらしていた。 「なら、もう遅いし早く帰れ」 「なんだよ。それより広大なんでこの前、休んだのさ」  この前の教室の日は透子のお見舞いに行っていた。女の子の家にお見舞いなんて浮かれたこと絶対に言えない。しつこい少年にてこずっていると透子が少年に話しかける。 「君、さいきん暗くなるの早いからもう帰ったほうがいいよ。ほら、これあげるし」  透子が渡したのはさっきのあたりだ。そんなんで最近の子供が喜ぶのかと思ったけども、将太は素直に受け取った。 「おねぇちゃんありがと。じゃ、俺もういくわ」 きれいなおねいさんの言う事はよく聞くらしい。将太は俺をみてにやける。 「彼女ー? 次の教室はサボっちゃ駄目だぞ」 「さっさと帰れ」 頭をはたいてやると虐待だとけらけら笑う。向こうで将太の友達らしき男の子たちが呼んでいる。 「次は休むなよ」 と生意気に将太が言った。 「はいはい。風引くなよ」 将太は元気よく手を振って、友達のところに走っていった。 「今の子、教室の子? 見たことないや」 「そう。三年ぐらい前から来てるな」 「私がやめてからもう結構たつんだね」  俺は書道教室に通っていてそこでは俺の祖父が教えている。俺は本当に幼い頃からそこに通っていて、透子も小学生の時は一緒に通っていた。 「かわいいね」  透子の顔がとても赤く光っていた。日は傾いて赤く輝く。海が赤い。 夕日の時間は短いと海岸にいた子供たちは次々に帰っていく。
/38ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加