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「……明日の朝だよな、行くの」
「うん、そうだよ」
「そうか……」
「なんか、夏月さんが冬真さんの近くウロウロしてると思うと……安心して東京行けない……」
「……ははっ、いらない心配だな。夏月となんて、死んでもゴメンだ」
明日の朝、彼は片道切符で東京へ旅立ってしまう。暫くは戻って来ない。
寂しくないと言ったら嘘になる。見栄っ張りな冬真は、この気持ちを秋一郎に伝えられていない。
明日から秋一郎がいない日常を過ごす冬真と違って、秋一郎には新しい生活が待っている。新しい学校、環境、友達。きっと寂しさを感じる暇なんてない。
寂しさを感じているのは自分だけだと冬真は思っている。その証拠に、秋一郎の口から一度も『寂しい』なんて聞いたことがない。だから冬真も我慢した。我慢していたのだが……。
「……寂しいな」
最後の日くらい、素直になってもいいのではないだろうか。
そう思ったら、本音が自然と口から漏れた。変なプライドや見栄を張る必要なんてない。だって、秋一郎は恋人なんだ。恋人と離れて寂しいと思うのは、当たり前のことだろう。
「寂しいけど、がんばれよ」
寂しいが、彼の夢を応援したいという気持ちは本物だ。恋人なのだから、応援したいと思うのは当然だ。
「……っ、冬真さん!」
大人しくしていた秋一郎が、いきなり立ち上がった。カウンターから身を乗り出し、向かい側に立っていた冬真の手をぎゅっと掴む。
「俺、卒業したら、絶対帰って来るから」
「……四年しか待たねえぞ」
「うん、分かってる。それと、毎日ラインする。電話もする」
「……おー」
「夏休みと春休み、こっちに帰ってくるから。あと、ゴールデンウイークも」
「……そうか」
「なるべく、寂しい思いさせないようにするから」
「人のこと寂しがりみたいに言うんじゃねーよ」
「だって、冬真さんそうじゃん」
「……うっせ」
色素の薄い、真っ直ぐな瞳と視線が絡む。トクン、と胸が跳ねた。このキラキラした目で見つめられると、どうしてか目が逸らせない。
「冬真さん、好き」
「ばっ、馬鹿じゃねーの……ここ、店だぞ……」
「大丈夫、他にお客さんいないから」
他に誰もいないとかそう言う問題ではない。職場兼自宅のこの場所で、そんな甘ったるいことを言われるのは居た堪れない。ものすごく、いけないことをしている気分になってしまう。
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