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秋一郎が一人暮らししているのは、渋谷からさほど遠くない学生街。彼の通う大学の近くの駅から、少し離れた2階建ての単身者用アパートだ。
「おー、なんか……学生の一人暮らしって感じの部屋だな」
彼の部屋は殺風景だ。秋一郎の実家の部屋とよく似ている。テレビとベッドとローテーブル、あと本棚を置いてあるだけで、何の飾り気のない部屋。一人暮らしの家なのに、綺麗に掃除されているところが几帳面な彼らしいなと思った。
「一人暮らし用の部屋ってあんまり入ったことなかったけど、意外と狭いんだな」
「学生の一人暮らしなんて、こんなもんだよ。安い方がいいし」
「そんなモンなのか。夏月の家はもっと広かったけど、あいつ社会人だからかあ」
「えっ、夏月さんの家……入ったことあるの?」
あ、しまった。そう思った時にはもう遅かった。秋一郎は、冬真と仲が良くてパーソナルスペースが極端に狭い夏月をあまり良く思っていない。何でもかんでも対抗心を燃やしてしまう。二人きりの時にあいつの名前を出すのは駄目だって分かっていたのに。秋一郎はむっとして、不満げに頬を膨らませていた。
「待て待て……家行ったことはあるけど、もうずいぶん前の話だから! お前と付き合ってからは、行ってない」
「ふーん……冬真さんと夏月さんは友達だってわかってるから、別にいいんだけど……やっぱり、夏月さんが羨ましい」
「え? 夏月が?」
「だって、同級生なんでしょ? 俺、学校に行ってた頃の冬真さん知らないし……ずっと同じ学校で、毎日会えてたなんて、羨ましいよ。きっと、俺の知らない冬真さんを、あの人は知ってるから」
秋一郎は夏月という人間が気に入らないわけではないらしい。冬真と深い関係の夏月が気に入らないようだ。簡単に言えば、妬いてるだけ。
そんなことに嫉妬するなんて、可愛いところもあるじゃないか。嫉妬されるのは、なんだかむず痒いが、悪くはない。
「……知りたいなら、聞けきゃあいいだろ」
「いいの? なんで学校辞めたとか……聞きにくいことも、聞いてもいい?」
「ああ、いいよ。別に大した話は出ねえけど……単位足りなかっただけだし」
高校を中退する奴は、どうしようもない理由がある奴かどうしようもない不良かのどちらかに属すると思っていたが、実際冬真はそのどちらにも当てはまらない。
当時、学校から出された課題も何もせず、授業にも出ないで遊び呆けていた結果、進級できなくなって辞めざるを得なかっただけ。どうしようもない理由なだけに、真面目で優等生な秋一郎に知られたくなかったのだが、知りたいと言われてしまったら仕方がない。
「進級できないくらい遊んでたって……そんなに毎日夏月さんと遊んでたの?」
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