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スカイツリーを出た後、ぶらぶらと東京の街を巡り、夕食を済ませて秋一郎の家に戻った。この日も慣れない人ごみを歩き、冬真の疲労はピークに達していた。もともと、体力には自信がない。
遠慮なしに秋一郎のベッドでごろごろと寛ぐ。秋一郎は、今日も床に座布団をしいただけの場所に寝ようとしていた。
「あ、冬真さん。申し訳ないんだけど、明日昼過ぎまで授業があるから、学校行ってくるね」
「授業……? そっか、学校あんのか」
すっかり忘れていたが、長い休みを貰ったのは冬真だけで、秋一郎は違う。たまたま、昨日と今日が休みだっただけなのだ。
「午前だけなの? 学校って、1日行くもんじゃねーの?」
「大学は、自分で時間割決めるから、朝から晩までの日はあまりないんだよ」
「ふーん」
「明日は3限までだから、3時頃には帰ってくるよ」
冬真は大学に行ったことがないから、勝手がわからない。縁遠い話だな、と思うと、少し寂しくなった。
合鍵を置いていくから自由にしてていい、と秋一郎は言ってくれたが、たぶん寝て終わってしまう。冬真は本来、夜型の人間なので昼前に起きることの方が珍しいのだ。
「明後日は?」
「午前だけ。冬真さん、東京駅まで見送りに行けるよ」
「おー……わりいな」
明後日は、冬真が地元に帰る日だ。特に早く帰る意味はないので最終の新幹線のチケットを取ってある。
見送りに行ける、と聞いて安心した。ここからひとりで東京駅までスムーズに行ける自信はない。
それに、出来るなら少しでも長く一緒にいたい。東京を出る直前まで、秋一郎と一緒にいたかったのだ。
「もう寝ようか。おやすみなさい」
パチン、と秋一郎が部屋の電気を消して、辺りは暗闇に包まれた。
秋一郎は、たぶん何もする気はない。冬真が何も言わなければ、きっと昨夜と同じように床でひとりで寝てしまう。
それは嫌だった。せっかく秋一郎の家に、秋一郎と二人きりでいるのに。
「秋一郎」
「うん? どうしたの」
「……こっち、来い」
そう言ってベッドの端に寄ると、秋一郎は目を丸くした。
これが、不器用な冬真が出来る、最大限の"お誘い"だった。
時間は限られている。昨日は眠気に負けて何もせずに終わってしまったんだから、今日こそは。
「……一緒に寝ても、いいの?」
「…………いい」
今更恥ずかしがるようなことは何もないはずなのに。どうしてか顔に熱がたまって、秋一郎の方を見ることができなかった。
一緒に寝る、というのがどういう意味を示しているかわからないほど、秋一郎は子供ではないはず。これからついに、と思うと冬真の心臓はバクバクと音を立てる。
——これから、ついに秋一郎と……
「おじゃまします……」
緊張した様子の秋一郎が、おそるおそる布団の中へ入ってくる。彼のベッドのはずなのに、おかしくなって冬真はクスリと笑った。
ベッドの端で背を向ける冬真を、背後から秋一郎が包むように抱きしめる。ぎゅっとして身体が触れ合うと、心地よい温かさに包まれた。触れ合った場所からトクン、トクンと秋一郎の規則正しい鼓動が聞こえる。
「実は、こうやって……ぎゅってして寝てみたかった」
「……そうか」
「うん。おやすみ、冬真さん」
「……ん? お、おう……おやすみ」
何か、思ってた展開と違う。
あれ、と思いながらも秋一郎が行動を起こすのをじっと待つ。
しばらくすると、すやすやと気持ち良さそうな寝息が背後から聞こえてきた。
——こいつ、寝てやがる……。
一緒に寝る、の意味を履き違えていたのは、冬真の方だったようだ。
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