オメガ社長は秘書に抱かれたい

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***  高辻と再会したのは、父が亡くなり、二代目社長として就任してから一年目のことだ。  その日は、雨が降っていた。社外での打ち合わせの帰り。奏は自身で手配したハイヤーに乗って、自宅マンションを目指している途中だった。  信号待ちをしていると、激しく降る雨に霞んだ窓の外に、ふと目がいった。目線の先には悪天候にもかかわらず、傘も差していない男がゴミ置き場に座り込んでいるのが見えた。  初めは見過ごすつもりだった。だが男のシルエットが、どこか高校時代に好きだった相手と重なった。そう思うと、なんとなく放っておく気になれなかった。せめて傘だけでも渡そうと車を路肩に停めてもらい、奏は車に積んであったビニール傘を片手に、自身の傘を広げて男に駆け寄った。  男は複数あるゴミ袋に埋もれるようにして、ボロボロの状態で雨に打たれていた。髪はボサボサで、頬には殴られた痕があり口の端には血が滲んでいる。 奏の気配に気づいた男が顔を上げた瞬間、奏はすぐにその男に高辻の面影を見つけた。「理仁……?」  恐る恐る尋ねると、相手は奏をじっと見返してきた。しばしの時間を空けたあと、 「……奏か」  久しぶりに自分の名前を呼ぶ声に、たまらず耳が熱くなる。  突然の別れから、約七年ぶりのことだった。奏はすぐに高辻を自宅に連れて帰り、風呂と部屋着を貸した。初めの方こそ「放っておけばいいのに」と所在なさげにしていた高辻だが、怪我の手当を済ませたあとになって、ようやくポツポツとだが事情を説明してくれた。  当時高辻はパチンコ店の従業員として働いていたらしいが、柄の悪い客と揉め、喧嘩沙汰になったのだという。そのせいで店をクビになり、財布や携帯もどこかで落としたあとだった。これからどうしようかとゴミ置き場に身を置いていたところを、奏が見つけたのだと説明した。 「そうか……大変だったんだな」  労いの言葉をかけると、高辻は「奏は出世したな」と奏がずっと好きだった顔で笑い、広い室内を見渡した。  高校生の頃と変わらない笑顔に、胸がチクリと痛んだ。告白を断られた思い出は奏の心に棘を刺したままだったようだ。また会えなくなる日々を想像すると、あの頃と変わらない気持ちが焦りとなって芽生えた。  傍にいてほしい。受け入れてもらえなくていいから、近くにいてくれるだけでいい。友達として――いや友達じゃなくてもいい。  また自分の前から姿を消してしまうかもしれないと考えると怖かった。また同じことが繰り返されたら、耐えられる気がしない。  手放したくなかった。少しでもいいから、自分の傍にいる高辻の時間がほしかった。  気づいた時には、 「僕の秘書になってくれないか?」  奏は高辻を誘っていた。
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