オメガ社長は秘書に抱かれたい

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 雇用主と労働者という、決して対等ではない関係。同級生のΩ相手に、高辻が受け入れてくれるかどうかは分からない。  だが、断られた後のことなんて考えられないほど、この時の奏は焦っていた。 「会社の規模が大きくなって、書類整理やスケジュール管理が一人でやるには厳しくなってきたんだ。理仁がいてくれたら、助かるよ」  奏は震えそうになる声に気づかれないよう、早口でまくし立てた。嘘は言っていないはずなのに、噓をつく時みたいな罪悪感に胸をつままれたようだった。  高辻の表情は、告白した時に見せたそれと似ていた。ああ、また失敗したかもしれない。また……断られるかもしれない。死にたくなるほどの強い不安で、胸に濃い翳りが差す。  高辻は考えこむように目線を下に落とした。そしてしばらく経ったのち、「わかった」と奏の提案を受け入れたのだった。  高辻からいい返事をもらった時は、どうしようかと思うほど嬉しかった。これで毎日のようにずっと一緒にいられる。そう考えると、ほどける頬に力を入れるのが大変だった。  それだけに……こんなにも不毛な毎日が訪れるとは、思ってもみなかった。仕事として線を引いているのだろう。奏に対する高辻の態度や口調は、堅苦しいものへと一変した。  最初に高辻の前でヒートを起こしたのは、高辻が奏の秘書になってから半年目のことだ。現場は社長室だった。  本能に抗えず、奏は近くにいた高辻に「抱いてくれ」と縋った。だが、高辻はいつかこうなることを予期していたのか、すでに抗フェロモン剤を飲んでいたようだ。αとして奏のフェロモンに反応することなく、「できません」と頑なに奏の体を拒んだ。  苦しむ自分を置き去りにし、社長室から出て行った高辻の後ろ姿を、奏は今でも覚えている。最初に断られた時の、頭をガツンと殴られたような感覚を忘れることはないだろう。  ヒートになっても、高辻に抱いてもらえないのか。そんな自分の体が憎かった。目の前の現実に、絶望した。  ヒートが訪れるたびに高辻に縋るようになったのは、それからだ。土下座するまで「抱いてくれ」と頼むたびに、高辻の心が自分から離れていくのが分かった。  けれど高辻との距離を感じれば感じるほど、「抱いてほしい」と願わずにはいられなかった。「好きだ」と言わずにはいられなかった。   そんな奏に、高辻は「自棄になっているだけです」と言い放ち、見向きもしなかった。  だが、床に額をこすりつける時だけは、いつかこの男が自分を抱いてくれる日がくるんじゃないかと、砂粒ほどの希望が、目の前でわずかに光るような気がするのだ。
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