オメガ社長は秘書に抱かれたい

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***  プライベート用のスマホの着信音で、奏は目が覚めた。朝からこちらのスマホに電話してくる人物は、片手に数えられる程度である。  奏は重たい体を起こし、スマホ画面を見る。そこには母・麗子の名前が表示されていた。  クイーンサイズのベッドの上、二つある枕のうち一つをうつ伏せに抱きながら、応答ボタンを押す。 「……なに?」  我ながら眠そうな声だ。昔の夢を見たせいだろうか、いつもより体に疲労が残っている。 『あら、今日も元気そうじゃない』  弾んだ母の声が電話の向こうから聞こえる。母は典型的なお嬢様タイプで、αだというのに昔から人の機微にあまり気がつかない人だ。  母の洞察力の無さには慣れっこなので「ああ、元気だよ」と当たり障りなく答える。何の用件だろうと訊こうとする前に、母は早速本題を切り出した。 『あなた今、いい人はいないの?』  平日の朝から何を言っているんだとスマホを放り投げだしたくなる。母は以前から、奏に番候補の女性か男性はいないのかと、度々尋ねてくるのだ。  答えないでいると、母は『よさそうなαの方が何人かいるの。お写真だけでも見てみない?』と続けた。  一人息子ということもあり、心配なのは分かる。だが高辻への想いをこじらせた奏に、番を持つ選択も結婚の選択もなかった。 「悪いけど今はそういう相手は必要ないんだ」  奏はそう答え、母との電話を強引に切った。  嫌な夢を見たせいで、ただでさえ気分が悪かった。疲労をため息で誤魔化し、奏はベッドから立ち上がった。  寝室から出ると、コーヒーの香りがした。大理石で光る廊下を歩く。足裏が冷たいが、このくらいの方が目覚めにはちょうどいい。  リビングに入ると、高辻がキッチンでコーヒーを淹れているところだった。 一度奏が会議に大遅刻をしてからというもの、高辻は毎朝のように奏のマンションにやってくる。遅刻防止が名目ではあったが、奏は内心そのまま高辻が住み着いてくれることを期待して、合鍵を渡した。  だが、高辻は奏の意図を知ってか知らずか、住み着くどころか夜は絶対に来ない。社長に目覚めのコーヒーを淹れるという仕事のためだけにしか、合鍵を使わないのだ。  奏はカウンターキッチンを見張るような場所にある椅子に腰かける。 「おはようございます。どなたかと電話をされていたみたいですね」  キッチンカウンターの奥から出てきた高辻の手には、湯気の立つコーヒーカップが乗っている。それを奏の前のテーブルに置くと、高辻はまくったワイシャツの袖を戻し、カフスボタンを綴じた。
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