オメガ社長は秘書に抱かれたい

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「ああ、少しな」  カップを持ち上げ、高辻の淹れたコーヒーをすする。出会った時のような純粋な『好き』という気持ち以外にも、今は悔しいやら憎たらしいやら、複雑な感情の方が大きい。こじらせた初恋に執着しているだけだと、自分でも分かっている。  高辻本人からしたら、毎朝コーヒーを淹れることも業務内容の一環としか考えていないのだろう。  けれど、高辻の淹れてくれたコーヒーを飲むとホッとする。コーヒーの温かさを手に乗せている時だけは、高辻理仁という男の温もりに、触れられているように感じるからだ。 「……美味しい」 「毎朝飲んでいるものと同じですが」 「分かってるさ。僕は美味しいものを美味しいと言っただけだ」  高辻は「そうですか」と無表情で答える。  淹れたコーヒーは飲めても、本人は手に入らない。その事実に改めて胸がツキッと痛む。  奏はカップから口を離した。 「……母から電話があった」  高辻は興味なさげに「そうですか」と言う。 「いい人はいないかと訊かれたよ。紹介したい相手も何人かいるらしい」 「はあ」 「でも、今は必要ないと答えた」  うつむき加減に言うと、高辻は短い間を置いたあとに続けた。 「勿体ないですね」  奏はコーヒーを傾ける手を止めた。 「ご紹介してもらったらどうですか。世の中には、素敵な方がたくさんいますよ」 「僕に……会えって言うのか」 「会ってみなければ、運命の番を見つけることもできません」 「僕がそんな相手を望んでいないことくらい、知っているだろっ」  諦めの悪い自分に腹が立つ。ダンッとテーブルを叩くと、コーヒーカップが倒れた。テーブルの表面に、茶色い液体が広がる。  高辻は表情を一切変えず、手にした布巾でテーブルの上をサッと拭いた。空になったカップを手に、カウンターの中へと戻っていく。  奏はグッと拳を握る。反応もしてくれないのか。徹底的な拒否に乾いた笑いがこぼれる。 「運命の番、か……そりゃそうだよな。僕が番を見つければ、おまえは抗フェロモン剤を飲まずに済むんだもんな」 「……あなたには、しかるべき相手がいます」 「……っおまえのその喋り方、大っ嫌いだ」  強調して言ったあと、奏は椅子の背に力の抜けた体を預けた。 「でも……おまえよりいい男なんて、いない」
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