オメガ社長は秘書に抱かれたい

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 てっきり秘書と一緒に出て行ったものだと思っていた。それにこの反応は――。  手放した服と理性をかき集め、奏は尋ねた。 「鈴田社長……あなたはΩです、よね……?」  鈴田の耳に、奏の声は届いていないようだ。グルルルル……と喉の奥が、まるで獲物に照準を定める動物のように唸る。  鈴田がゆっくりとベッドに近づいてくる。一歩一歩足を前に出すたび、蒸れた『雄』のにおいが濃くなるのを感じた。うっ、と鼻を手で覆う。まずい、と思った。この男はαだと、本能が教えてくれる。  逃げたいのに逃げられない。ベッドに膝を乗せてくる男をはたき落としたいのに、鈴田に向かってねだるような手が伸びてしまう。  ――助けてくれ!  甘い声しか出せなくなった口の代わりに、奏は心の中で叫んだ。バンッとけたたましい音が部屋に割れたのは、その時だった。  音よりも先に、開けられたドアの前に立つ長身の男に目がいく。涼しい顔で立っていたのは、高辻だった。  よほど強くドアを蹴破ったのか、ドアの表面はへこみ、カードキーで開けるタイプの鍵の部分からはうっすらと煙が出ている。αの高い身体能力をもってしても、高級ホテルの鍵を一瞬のうちにここまで破壊できる人間は、この男の他にいないだろう。  高辻は部屋に足を踏み入れると、ドアの近くに品のあるビジネスバッグを置いた。指の骨をポキポキと鳴らしながら、鈴田に迫る。 「お噂は本当だったようですね。鈴田社長」  衝撃音のおかげで我に返ったのか、奏の座るベッドの上で、鈴田は「ち、違うんだっ」と慌てだす。 「違う? 何のことでしょうか。αであるにも拘らず、Ωだと偽って不当な補助金を受け取っていることでしょうか。それともあなたを信頼して入社したΩの社員を、度々自宅マンションに連れ込んでいることでしょうか」  鈴田は「やめろッ!」と情けない声で高辻の言葉を遮ろうとする。だが、高辻の攻勢は終わらない。 「よりによって他社の取締役にまで手を出そうとするとは、聞いて呆れますね」 「ち、違う! 今回はΩのフェロモンにやられて俺は……っ!」 「そうですか。ではポケットの中身を拝見してもよろしいですか?」  高辻は鈴田が答える前に足を動かし始める。「く、来るなぁ!」  逆さまの四つ這いで、鈴田は高辻との距離を取ろうと後ろに下がった。  だが高辻は素早く鈴田の足首を掴むと、相手の体をぐるっと回してうつ伏せにした。後ろ手を拘束し、ベッドに沈ませる。押さえつけた鈴田の手を強く捻ったのか、鈴田は「痛い痛いっ」と悲鳴をあげる。  鈴田をベッドから降ろさせ、高辻は容赦なく相手のズボンポケットに手を突っ込んだ。ポケットから抜かれた手にあったのは、先ほど奏がセミナー会場で失くしたはずの抑制剤。  最初から犯行に及ぶ予定だったのか。そう考えると、肝が冷えた。
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