オメガ社長は秘書に抱かれたい

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***  昼下がりのラウンジは、日曜日とあって子ども連れが目立つ。どんな用事があってこの高級ホテルに訪れているのか知らないが、どの子どもも皆それなりの恰好をしている。走り回る子どもを注意する親の声も、街中で聞くそれとは違って抑えられている気がする。  披露宴会場としても有名なホテルだ。無駄に大きなガラス窓の向こうでは、和装した男性カップルが写真撮影をしていた。  母は男性カップルを見て、「あら、和装もいいわねえ」と頬を緩ませつつ、紅茶の入ったカップを受け皿で支えながら飲んだ。 「なかなか素敵なお嬢さんだったでしょう?」  母の言葉に、奏はあいまいな返事をする。  見合い話を受けることにしたのは、先々週の金曜日の一件があったからだ。セミナー会場でヒートになった奏はαの男に襲われそうになったところを、高辻に助けてもらった。  だが、いつもより症状の重たかったヒートに、奏はなすすべもなかった。例のごとく高辻に「抱いてくれ」と頼んだあと、高辻にディルドを渡されたのだ。  思い返すだけで胸が痛む。結局、高辻から渡されたそれで後ろを慰めたことが、奏の心により深い影を落とした。やるせなくて虚しくて……そのままホテルに一人で泊まり、自慰に耽った。  やっとヒートが落ち着いたのは、それから二日後のこと。自分の汗や体液でシーツがぐちゃぐちゃになったベッドの上、奏は泣きながらもういい、と思った。こんな思いをするくらいなら、高辻のことなんて忘れてしまいたかった。いや……必ず忘れてやる。  奏はそう自分に言い聞かせ、翌日いい人がいたら紹介してもらえるよう、母に電話で頼んだのだ。  悪いことをしているとは思わなかった。誰かを忘れるために、誰かを好きになる努力をする。それの何が悪い? と開き直ることで、自分を保てるような気がした。  連絡すると、母は電話の向こうで大いに喜んだ。今まで出会いに消極的だった息子の変化が、心底嬉しかったようだ。その一週間後には相手のスケジュールを押さえ、その翌日にはホテルのレストランを予約した。その行動力に、奏も脱帽したものである。  母の紹介で出会った相手は、αの女性だった。奏の会社が父の代だった時、世話になった玉井製薬会社の娘で、名を美弥子といった。   切れ長の一重と和服の似合いそうなすらりと長い首が印象的な女性で、話題も知的だった。目につくような悪いところはない。同い年で上品で、いい人……だったと思う。  美弥子の父である玉井栄二郎は、会えば常に笑っている狐のような目をしている男だが、たまに業界交流の場で会うと、ギョッとするほど冷たい目を奏に向けてくる。  おそらくΩであるにもかかわらず、若くして社長となった奏を、本心では見下しているのだろう。父が社長だった時は付き合いが多かったが、父が亡くなり取締役が奏になったあとは、契約を解除されたという過去もある。  一人娘を自分と見合いさせたのは意外だったが、それとこれとは別の話として考えているのかもしれない。 「で、どう? もう一度会ってみてから決めてもいいんじゃない?」  カップから口を離した母が、控えめに提案してくる。急かすことによって、奏の気が変わるのを心配しているのかもしれない。いつもより声の調子が柔らかい。  目の前のローテーブルには、コーヒーカップが置かれてある。従業員に注文を聞かれた際、奏が頼んだものだ。だけどどうしてか、飲む気になれない。自分で選んだはずなのに。  奏は手をつけていないカップから、目線を上げる。目を細めて笑顔を作り、「そうだね」と返した。
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