オメガ社長は秘書に抱かれたい

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***  それから母の紹介で知り合った美弥子と、奏は何度か食事をした。  α女性に対し、どこかプライドを感じさせる気性の人が多いイメージを奏は抱いていた。だが、美弥子に対しては、そういったとっつきにくさを感じることはかった。お嬢様ではあったが、日常に組み込まれた品が、彼女の魅力の一つであることは間違いなかった。  だがデートを終えたあと、奏は一人になる帰りの道で、どうしようもなく虚しくなった。何度も高辻に電話をかけようと、スマホの画面に男の名前を表示させた。コール中のスマホを耳に押し当てたのも一度や二度じゃない。  けれど奏はいつも、高辻が出る前に発信コールを自分から切った。高辻が出ても冷ややかな声が聞こえてくるだけだろうし、出なくても待っているのは繰り返されるコール音と沈黙だけだと、知っていたからだ。  何よりも、自分は高辻を忘れると決めたのだ。虚しさに負けて高辻に手を伸ばそうとするなんて、我ながら矛盾していると思った。   女々しい自分が嫌だった。情けなかった。それでも、好きでいることをやめられない。嫌いになれない。  そんな想いを抱えながら奏が苦しんでいることは、高辻にはどうでもいいことなのだろう。ヒート中の奏をホテルに置き去りにしたあとも、高辻はいたって冷静に日々の業務をこなしている。  奏の母のお気に入りでもある高辻は、きっと見合いの件を耳にしているはずだった。奏に情があれば、その話を聞いた高辻の顔に少しくらい動揺の色が見えただろうか。  社長室のブラインドの隙間から社員たちと話している高辻を見かけるたび、奏はそうだったらどれだけいいだろう、と悲しくなる。  だが、高辻は奏の女々しい視線に気づくと、すがすがしいほど視線を逸らすのだ。  一度だけ、奏から「見合いをした」と高辻に伝えた。社外での打ち合わせを終え、取引先の社長と日本橋で会食を済ませたあとの、高辻が運転する車の中だった。 「父の代で世話になった会社の社長の娘だ。αだったよ」  高辻は「そうですか」と淡々とした口調で答えた。 「いい人だった。おまえとは違って、僕の話をちゃんと聞いてくれる」  運転席でハンドルを握る高辻の背中に、嫌味を含ませて言う。  高辻はハンドルを握る手を丁寧に回し、交差点を右折した。車が侵入したのは、オフィスビルを背にした並木道。緑の葉が夜空に揺れ、もうすぐ夏なのだと教えてくれる。  試すようなことを言って、自分は一体何がしたいのか。高辻から嫉妬の言葉でも聞き出したかったのだろうか。好意のある態度も言葉も、ひとつとしてもらえていないのに? 奏は自分の行動に鼻白む。  少し間を置いてから、高辻は言った。 「喜ばしいことです」  後部座席から見えるフロントミラーには、正面を見据える高辻の、感情の読めない目が映っていた。
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