オメガ社長は秘書に抱かれたい

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 美弥子の要望で、三連休の初日の土曜日は軽井沢のゴルフに出かけた。趣味は料理にフルート演奏と聞いていたが、体を大きく動かすことも好きなようだ。  ハーフ終了後の昼休憩を挟み、午後のゲームを楽しんだあとのことだった。 クラブハウスのカウンターで清算を終えた奏が戻ると、ロビーの椅子に座っていた美弥子が、突然膝が痛いと訴えだした。久しぶりのゴルフで膝を痛めたらしい。美弥子は膝をかばいながら「どこかで休めればよいのですけれど」と上目遣いで奏を見上げた。  本当はこのあとフレンチレストランを予約しているたが、痛みを抱えた相手を連れまわすのも酷だ。それに美弥子の父である玉井頭取から、あとで何を言われるか分からない。 「そういうことでしたら、今日は無理をなさらない方がいいでしょう」  奏はスマホをベストの胸ポケットから抜きとり、「ハイヤーを呼ぶので、少しお待ちください」と言った。耳にスマホを当てる。すると、美弥子はふるふると首を横に振った。 「私は……どこかで休めればよいのです」  美弥子の赤らむ頬を見た瞬間、奏は悟った。美弥子がただの一度も、帰りたいという言葉を発していないことに――。  奏は恐る恐る「どこで休まれようと考えていますか」と尋ねる。期待して訊いたわけではない。願わくば予想が当たらないでほしくて、奏は訊いた。  美弥子はチラッと奏を見上げると、長いまつ毛を伏せる。あげく、何も答えなかった。それが答えだと、奏は思った。  美弥子とは数回デートを重ねた仲だ。いつかこうなることは予想していた。だが、まさか食事の前に、ここまで分かりやすい手の内を見せられることになるとは。  案外、大胆な女性なのかもしれない。断るべきか、据え膳をいただくべきか……どちらにせよ、奏にはリスクが高い。  正直、あまり乗り気ではなかった。αの美弥子を満足させることができるか、自信がなかったのだ。  αの女性の体には、子宮とペニスが備わっている。要は子を宿すこともでき るし、相手がΩであれば男女ともに孕ませることもできる。そういうわけで、いざ枕を共にするまでベッドの中での役割が不明なのだ。  奏は美弥子を抱く自分と、抱かれる自分、どちらも想像してみる。妄想の中で――しかも高辻にしか抱かせたことのない奏にとって、頭に流れた架空の映像はひどく違和感を覚えるものだった。  だが、その違和感を乗り越えなければ、きっと自分は高辻も乗り越えることができないのだろう。奏は覚悟を決め、思い切って「ご希望のホテルはありますか」と尋ねた。  こちらの対応は、間違っていなかったらしい。美弥子は控えめに「ロンドンクラウンホテルでしたら……」とホテルの名前を挙げた。   ホテル名が耳に入った瞬間、奏は思わず、はい?と訊き返してしまいそうになった。  そのホテルというのは、黒字経営の会社社長という立場の奏でさえ躊躇するような、一泊数十万円はくだらない高級ホテルだったからだ。  大手会社社長や大物芸能人ならまだしも、たかだか小金持ちの中小企業の社長が、不意打ちの宿泊で利用するようなホテルではない。  奏は引き攣る頬を笑顔で誤魔化し、「世の中は三連休です。きっと満室だと思いますよ。他のホテルにしませんか?」と直球で伝えた。 「ですけれど私、そちらのホテル以外泊まったことがございませんので……」  控えめではあったが、断固としてそのホテル以外の宿泊施設に泊まるつもりはないようだ。タクシーで東京まで戻ることを提案してみようかと考えたが、相手は奏の母よりも根っからのお嬢様なのだろう。腰が痛くなるだなんだので、タクシーで帰ることに納得するとは思えなかった。 「……分かりました。では空室があるか確認しますので、少しお待ちいただけますか」  だが、美弥子は「VIP用のお部屋なら空いていますわ」と要らぬ助言を寄こしてきた。  どうしてもそこのホテル以外に、泊まるつもりはないということか。頭が痛くなる。いくら我を通されても、VIP用の部屋なんてさらに無理だ。
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