オメガ社長は秘書に抱かれたい

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 だが奏の頭に一つだけ――とある考えが浮かんだ。  奏は美弥子に「ただいま確認しますね」と言い、改めてスマホを持ち直す。小さい画面上に、高辻の連絡先を表示させる。  高辻は交渉事が奏よりもはるかにうまいのだ。その交渉話術を以てして、これまでにいくつもの取引先と契約を成功させてきた。高辻なら、ホテル側にVIP部屋の料金を下げてもらうことなど造作もないことだろう。  本当は、こんなことを高辻に頼みたくはない。高辻はきっと、休日だろうがなんだろうが、奏の電話に出る。そして平然と奏の頼み事を聞いてくれるだろう。  そのさまを横で見るのは、正直まだつらいだろう。これから誰かとベッドを共にする前に、高辻の顔を見たら……感じなくていいはずの罪悪感に首を締め付けられることだろう。  ためらいが、着信ボタンを押そうとする親指の動きを止める。だが、高辻を忘れなければ自分は誰とも抱き合えない。誰のことも、好きになることができない。  誰も愛せないまま、一生を終える――。それでもいいと思っていた時期もある。けれど、これから先もその自信を持ち続けられるほど、自分は強くないのだ。  奏は自分からは控えていた相手の番号に、思い切って電話をかけた。数回コール音が鳴ったのち、相手が出る。 『……今日は休日ですが』  電話口に出た高辻は、あからさまに不機嫌さを滲みだしていた。今まで寝ていたのだろうか。いつもより不明瞭な低い声が、霧がかかったようにこもっている。耳に届いたそれが色っぽくて、胸がじくっと甘く濡れる。  奏が用件を説明しているあいだ、高辻は黙って聞いていた。説明を終えると、高辻は口を開いた。 『交渉は構いませんよ。ですが電話では厳しいですね。どんなホテルマンが電話に出るか、分かりませんから』 「そ、そうだよな……」  どこかホッとして、奏は小さく息をつく。  それをため息だと勘違いしたのか、高辻は電話の向こうで盛大にため息をついた。 『わかりました。今からそっちに向かいますので、ホテルのロビーかラウンジにでもいてください』  そう言うと、高辻は奏の返事を待たずに電話を切ったのだった。
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