オメガ社長は秘書に抱かれたい

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***  高辻が奏のもとにやってきたのは、それから約二時間半後のことだ。奏は美弥子と、美弥子の指定した高級ホテルのフロント近くのラウンジで、お茶を飲みながら待っていた。  回転扉に入る高辻をラウンジの中から見かけた時、奏の心臓はドキッと跳ねた。高辻は黒色のスラックスに薄青のデニムシャツを合わせ、少し癖のある前髪を下ろしていたのだ。  いつもはスーツに身を包み、髪もワックスで固められている。そんな男のラフな姿に、奏は思わず見とれてしまった。清潔感のあるワイルドな佇まいが、奏の胸を熱くさせた。  高辻は奏たちのいるラウンジに入ってくると、「お待たせしました」と姿勢よく奏に頭を下げた。 「休みのところ悪かったな」  忘れよう忘れようと思っていた気持ちが、再び熱を帯びかける。奏は男を見ないようにしつつ労いの言葉をかけた。  だが返事がない。気になってふと見ると高辻は美弥子を凝視していた。どこか驚いたような目に、肌触りの悪い風が奏の胸を撫でる。 「高辻?」  呼ぶと、男はすぐにいつもの冷静な表情を取り戻し、「お二人はこちらでお待ちください」と言ってラウンジから出て行った。  高辻の後ろ姿を見送ってから、少し経った頃だった。飲みかけのコーヒーを飲もうと、コーヒーカップを持ち上げたその時。腹の奥を何かに叩かれたような衝撃が、奏を襲った。痛みと勘違いしてしまいそうになるほどの、強い搔痒感。 「かッ、あ……!」  手から滑ったカップを、ソーサーの上に落としてしまう。陶器のぶつかり合う音が、ラウンジ内に響く。  奏は腹を押さえ、椅子の上でうずくまった。顔から一気に汗が吹き出し、上昇する体温で喉が焼けそうなほど熱い。  それ以上に、腹の奥のくすぶりが辛かった。そこはこれまでにも、幾度となく存在を主張し、奏を苦しめてきた場所。朦朧とする意識の中でも、自分の身に何が起きているのか、奏は嫌というほどに分かった。  閉じるのを忘れた口から垂れた唾液が、えんじ色のカーペットに染みを作る。次のヒートまで、あと二週間はあるはずだ。予想していたよりずっと早く訪れたヒートに、奏は激しい性衝動に焦りながら耐えた。  やがて椅子に座っていることもままならず、奏は膝から崩れ折れた。ラウンジ内のあちこちから、ざわめきの声が上がる。利用客の中にはαがいたようだ。奏の放つフェロモンに当てられたと思われる数名の客が、苦しみだすのが薄目に見えた。  美弥子に見苦しい姿を見せているんじゃないかと心配になる。美弥子もαだ。きっと自分のフェロモンに当てられ、苦しい思いをしているんじゃ――。 「す、いませ……っ……だいじょ、ぶ……っ」  大丈夫ですかと訊こうとしたが、声にならない。かすむ視界の中、美弥子に視線をやる。  すると美弥子は思いのほか冷静な表情で、奏を見下ろしていた。何ならうっすらと笑みさえ浮かべている。聖母のような慈愛を含んだ笑みではあったが、この状況でそんな顔ができる美弥子に、奏はわずかに恐怖を覚えた。 「奏さん、私たち、やっぱり休んだ方がいいですわね……」
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