オメガ社長は秘書に抱かれたい

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「……ごめん」  高辻に担がれたままホテルを後にしたあと、奏は歩く男のふくらはぎに落とすように、小さく謝った。  高辻は何も言わず、霧のかかった並木道をただひたすら進んでいく。  自分でも何に対して謝っているのか分からない。休日にもかかわらず時間と労力を使わせ、東京から来てもらったことだろうか。ヒートになって足腰が立たなくなった自分を、こうして運ばせていることだろうか。それとも、もっと別の――――。  ヒートのせいで朦朧とする意識の中、鼻の奥がつんと痛む。  高辻を嫌いになれない自分……そしてその理由に、改めて気がついてしまったからだ。 「なんでおまえ、そんなに優しいの」  高辻は黙ったまま歩みを止めない。それでも奏は伝えたかった。 「……来てくれて、ありがとう……」  震える声で言う。まばたきをすると、一筋の涙が湿気に濡れた地面に吸いこまれるように落ちた。  そう。高辻は優しいのだ。  たしかに言葉や態度は冷たい。だが奏を抱こうとしないのも、時には残酷とも思えるような拒絶をするのも、奏のことが嫌いだからではない。あくまでも奏のことを雇い主として見ているからなのだ。  行動を見れば、いつだって奏のことを最優先に考えてくれているのが分かる。さっきも部屋に連れていかれるのかと思った時は青ざめたものだが、結果的に奏の意思を汲み取り、こうやって連れ出してくれた。  好きだから、この男に抱かれたいと願っていた。でも好きだから……我儘を押し付けても傍にいてくれる男のことを、頭のどこかで不憫だとも思っていた。  本当はずっとそのことに気づいていたはずなのに、見ない振りをしていた。いつか高辻が自分を好きになり、抱いてくれる日が来るんじゃないかと信じていたかったから。  だけどもう、本当にここで終わりにした方がいいのかもしれない。  奏は高辻の肩の上で、力の抜けた腕を振り落とした。呼びかけるように背中を叩く。 「休みの日にすまなかったな。自分で歩けるから……降ろしてくれ」  鼻をすすって涙声を殺し、奏は言う。 「どの口が言っているんですか。そんな体で本当に一人で歩けるとでも?」 「……歩くさ。いい加減一人で……自分で歩かないと」  高辻の足が止まる。奏の口調に、強い意思を感じ取ったのだろう。  奏はもう一度「降ろしてくれ」と訴えた。口を閉ざしたまま、高辻がゆっくりと奏の体を足から降ろしてくれる。  高辻の厚い胸板を支えに、地面に足の裏をつける。目線を上にやった時、高辻と久しぶりに目が合ったような気がした。 「僕、ピルを飲むよ。もう……おまえに迷惑かけたくない、から……」  意外そうな顔をして、高辻は片眉を上げた。 「今すぐピルを飲まれても、ヒートは治まらないと思いますが」  男から火照った体を離し、「わか……って、る」と無理に笑顔をつくる。
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