オメガ社長は秘書に抱かれたい

29/50
前へ
/50ページ
次へ
「何度言ってもピルでヒートの周期をコントロールしようとしない。人を見る目もない」  最悪だ、と低い声で言うと、高辻は怒りを湛えた目で奏の目を射抜いた。 「はは……話を飛躍させすぎだ。たかが注射が嫌いな大人子どもの戯言だぞ……」 「玉井美弥子」  単発にその名前を口にしたかと思うと、高辻は「よりによって、なぜあの娘なんですか」と苛々した口調で吐くように言った。 「彼女の父親があなたを毛嫌いしていることは、知っているはずでしょう。それにあの女はフェロモン誘発剤を父親の会社から不正に入手し、数々のΩをレイプしています。あなたにもお伝えしたことだ」 「……知らない」 「いいえ、私は確かに伝えました。あなたはすぐに人を信用する。だから私はあなたの周辺にいる危険人物をあぶりだし、写真付きのリストをまとめて、あなたに渡したんだ!」  高辻の語気が強くなる。  そういえば以前、どこかの会議のあとに高辻からそんなファイルを受け取ったような気がする。だがそのリストに載っていたのは、危険度合いはよりけりだったものの、ざっと目を通しただけで百人近くいた。 「そんなことを言われたって……ふ、普通覚えられないだろ、そんなにたくさん……。大体、おまえは僕の母から見合い相手のことを聞いてるはずじゃ――」 「たかが秘書の私に、聞く権利があると思いますか? あなたのプライベートを」  おまえならいいよ、と口を開こうとしたが、できなかった。高辻が今だかつてないほどに、怒りを滲ませているのが、分かったからだ。 「まったく……麗子様の紹介だからと油断しましたよ。人を見る目は親子揃って侮れない」  どうしてそんなに怒っているのだろう。今にも殴ってきそうな勢いの男に、喉が恐怖できゅっと縮こまる。  すると緊張で体が強張った影響だろうか。少し波が引いたと思っていた下半身の疼きが、再び強くなっていった。 「あ……っ、はぁ……ん……っ」  高辻以外の目に触れない場所。そんな環境下に置かれ、たまらず声が出てしまう。  その時、手首を押さえつけてくる高辻の手がわずかに緩んだ。タイミングを見計らって男の手から逃げる。仰向けだった体を横に倒すと、草叢の青臭さが鼻につく。  このままでは、また高辻に縋ってしまう。不毛な願望を口にして、より高辻の呆れを買うことになるだろう。それだけは、もう嫌だと思った。この優しい男の顔に失望の表情を浮かばせたいわけじゃないのだ。  笑いあいたかった。高校の同級生だった頃のように名前を呼び合って、他愛のない話をして、ご飯を一緒に食べるだけでよかった。   秘書に誘ったのは、高辻を傍に置いておくためだけのただの口実だ。社長と秘書という関係を超えた先で対等に……ただ高辻に、好きになってもらいたかった。  だけど結局、誰かを誰かの代わりにしようとする人間を、高辻は好きになることはないだろう。人を見る目の無い自分を、好きになりはしないだろう。今なら分かる。 「く、あ……っ、たか、つじ……おねが……抑、せい、剤、を……っ」  奏は雑草を握り締め、懇願する。  下半身を襲う激しい疼きで、息が苦しかった。早く抑制剤を打って、なんとかしなければ、酸欠でどうにかなりそうだ。  その時だった。カチャカチャと金属音が下から聞こえてきた。「な……っ」と目を下にやると、高辻が奏のベルトを緩めていた。 「な、に……何、してるんだっ」 「今、解放して差し上げますよ」  この男は何を言っているんだ。これまでどんなに懇願しても、指一本触れてこなかったはずだ。それなのに、どうして。
/50ページ

最初のコメントを投稿しよう!

927人が本棚に入れています
本棚に追加