オメガ社長は秘書に抱かれたい

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***  家に着く頃には日付を跨いでいた。自宅マンションの部屋に入った瞬間、奏は玄関ドアに背中を預けてもたれかかった。  慣れない運転のせいで、体に疲労が溜まっているのだろう。肩が痛い。  今の車はもともと仕事の移動手段として、会社の経費で三年前に購入したものだ。買った当初は、奏自ら運転するつもりだった。それこそ高辻が「お送りします」と言い出さなければ、今も運転していただろう。  本来あるべき状態に戻っただけだが、三年間のブランクは一ヶ月程度運転しただけでは埋まらなかった。久しぶりの運転に、ここ最近の奏は心身ともに疲れていた。  電車通勤も考えたが、自分は世間に顔が知られているのだ。今さら電車通勤に変えるのは気が引けた。  靴を脱いでカウンターキッチンの中へと向かう。グラスに水を注ぎ、包装シートからピルを取り出して口に流し込む。  軽井沢から帰ってきた直後から、奏は毎日欠かさずピルを飲んでいる。おかげで一週間続くはずのヒートは三、四日で終わるようになった。ピルを飲み始める前に比べて、ヒートの症状もずいぶんと軽い。  水を飲み干し、奏は口の横についた水を指で拭う。次の瞬間、ズキッと激しい頭の痛みに襲われた。思わずこめかみを押さえる。全身のけだるさとともに吐き気も催し、奏はトイレに駆け込んだ。  便器に頭を近づけたものの、吐くことはできなかった。なんだか熱っぽい気がする。トイレから出て、スーツを着たまま寝室のベッドに体を横たえる。天井を見やりながら、「はあ……」とため息をこぼした。  ピルを飲むようになってから、確かにヒートは楽になった。本能を忘れるほどの体に怯えることも無くなった。  だが一つ難点を挙げるとすれば、ピルそのものが奏の体質に合っていないことだった。服用を始めてから日中は眠いし、とにかく体がだるい。顔をしかめるほどの酷い頭痛にも見舞われる。  ピルの種類を変えた方がいいのかもしれない。だが仕事の対応に追われ、病院に行く時間を割くこともできない。  ピルの費用や飲み忘れた時のことを考えると、本当は番契約を結べる相手を見つけるべきなのだろう。ピルを飲み始めてから、奏は改めて見合いを考えた。  しかし美弥子との一件があり、出会いを求めようと行動する意欲もすっかり失くしてしまった。危険な相手を紹介してしまったことに罪悪感を抱いているのか、母も前より見合いに対して消極的になっている。   もう誰とも番になんてならなくていい。結婚も番契約も、自分とは縁の無いものだ。そう思えば、胸のしこりとなった寂しさも、いずれは溶けていくのだろうか。  明日も朝から定例会議がある。奏はベッドの上で寝返りを打ち、冷たいシーツの上で重たい瞼を閉じた。
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