オメガ社長は秘書に抱かれたい

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 里沙の話を聞き、今になって高辻の兄弟の経済状況が見えてくる。高辻の肩にのしかかっていたものの存在、そして重さを、奏はこの時初めて知ったのだった。 『私も弟たちもお金はもういいよって言ってるんです。私たちのお給料はそんなに高くないけど、贅沢したいわけじゃないので。でも兄は……責任感が強いから』  里沙の声は兄を労う妹のそれだった。兄弟たちから、慕われているのだろう。自分のことを後回しにして相手に尽くす――そういう男だ。夢中になりすぎて、自分は高辻の優しさを見ようとしなかった。  奏は相手の耳に届かない程度にため息をつく。どうしてか、里沙には高辻が自分の元を辞めたことを言うのがためらわれる。今はどこでどんな仕事をしているのか――それを自分が知らないことを、言い出せなかった。 「そうですね、最近の理仁君は忙しくて……今も会議中です。差し支えなければ、のちほど私から彼にお伝えしておきますが」 『わーっ、いや、社長さんにそんなことまでさせるわけには――って、私かなり兄の個人的なことをペラペラしゃべってますよね? ああー……あとでぜったい怒られるなぁ』  慌てる里沙に思わず頬が緩む。 「里沙さんはご存知ないかもしれませんが、私と理仁君は高校時代の同級生でもあるんですよ。だから知ってることも知らないことも……ただの仕事仲間よりは、きっとあるんじゃないかな」  奏は革のソファに座り、背もたれに首を乗せた。天井を見上げる。自分の知らない高辻を、知りたかった。  奏が兄の同級生でもあると知り、里沙はもとより薄い警戒心をさらに薄めたようだ。『じゃあお願いしちゃおうかな』とさっきよりもくだけた調子で言った。 『兄に……借金、おかげさまで全額返し終えたよって、伝えてもらってもいいですか?』  聞こえてきた単語に反応し、思わず「借金っ?」と返してしまう。 『はい。恥ずかしい話ですけど、うち、父親がろくでもなかったんです。Ωだったんですけどね。借金作るわ外に男作るわ……もう大変で。兄が高校生の時だったかな。父親が借金を返さないまま蒸発したんですよ』  里沙の話は、よくあるものだった。よくある話。よく聞く話。でも身近な人間の――高辻の身に起こったことだと思うと、いたたまれなかった。高辻が高校生だった頃? 高校生だった時、高辻は突然、高校を辞め、奏の前から姿を消したのだ。  里沙は続ける。 『それから兄はずっとその借金を返すことに必死でした。自分はあっさり高校を辞めたくせに、私たちには高校に通えって』  里沙によると、高辻は高校を退学したあと、最大で五つの仕事を掛け持ちすることもあったという。そして稼いだ給料のすべてを生活費、兄弟たちの学費、そして父親の残した借金の返済に充てていたそうだ。
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