オメガ社長は秘書に抱かれたい

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 高辻によると、奏のことを意識し始めたのは告白されてからだったという。父の借金のせいで学校を辞めざるを得なくなってしまったあとも、奏のことは心残りだったそうだ。 「人というのは目の前の現実に切羽詰まると、どうでもいいことから忘れていくんです。正直あなたのことは、すぐに忘れました」  ゴミ置き場で再会した雨の日も、高辻は奏のことを思い出すのに数秒を要したという。  新事実に、ちくりと胸に痛みが走る。 「いくら見つけた人間が学生時代に好きだった奴だとしても、あんな血まみれの男に声をかけますかね? しかもうちで働かないかとか、訳の分からないことまで言って。初めは引きましたよ」  分かっていたことだが、言葉にされると耳が痛い。「でも」と高辻が続ける。 「仕事をしていくうちに、あなたへの印象は変わっていきました」  高辻は長い脚を組み、奏を向いた。 「俺は本来遺伝子的な観点からすると、Ωとして生まれるべき人間でした。あなたは逆に、αとして生まれるべき人間だった。だからこそ……バース性に負けず、社会で活躍するあなたのことを、俺は尊敬したんですよ」 「……っ」 「完璧な秘書になろうと思いました。仕事の出来だけじゃない。見た目もしぐさも、言葉遣いも。完璧なαになって、あなたを支えようと――」 「本当に……おまえは完璧だった」  奏の言葉に、高辻は「光栄です」と言って、濃い夜空を見上げた。 「好意をもたれるのは、純粋に嬉しかったです。けど俺の実家は上履きも買えないほど貧乏で、育った環境もあなたとは天と地ほど違う。あなたとは釣り合わない……そう考えるのが、俺の中ではごく自然な気持ちでした」  奏はぐっと唇を噛んだ。自分の中では、高辻に惹かれることが自然だったからだ。  高辻は目を細めて、遠くを見つめていた。遠くに見える星に、所詮手が届かないと悟っているのだろう。それなら伸ばしてもいいのではと奏は思う。だが高辻は試しに手を伸ばしてみることさえ、諦めているようだった。 「あなたから抱いてほしいと言われるたび、俺がどんな気持ちだったか分かりますか」  突然の疑問に、奏は体に力が入る。  「おっしゃる通り、俺もあなたが好きです。それ以上に尊敬している。汚したいけど汚したくない、この辛さが……あなたに」  高辻の語尾が強くなる。夜空を見上げる高辻の表情は歪み、辛そうに見えた。 「俺がどんな思いであなたを突き放してきたと思って……っ」
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