オメガ社長は秘書に抱かれたい

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   高辻は長い息を吐き出して、うなだれるように頭を抱えた。 「理仁……」  男の肩に手を置くと、振り払われてしまった。どうしよう。どうしたらいいんだろう。混乱する頭で考える。 「あなたは眩しい。お人好しで、人を見る目がなくて、一途で……危うくて。あなたのせいで、俺は無茶ができなくなった。本当は今だって怖いんです。目を離したら、危ない目に遭ってるんじゃないかとか、変なαに傷つけられてるんじゃないかとか……っ」  高辻は「それに」と付け足す。 「あなたを傷つけるのが俺じゃない理由だって、どこにもない」  高辻は頭から剥がした自分の手を見つめた。指先が小刻みに震えている。 「だからせめてピルを飲んでほしかった。抱きたくなかったんだ。だってそうでしょう。距離が近くなればなるほど、俺は無茶ができなくなる。あなたに……執着してしまう」  執着――。まさか高辻の口からそんな粘ついた言葉が聞けるとは思わなかった。 「だから……僕から離れたのか」  尋ねると、高辻は両手をぎゅっと握り締め、「俺は完璧じゃないんですよ」と言った。  理性的な、完璧な秘書。五年のものあいだ、高辻を纏ってきたそれらが、剝がれていく。  拒まれる覚悟で、奏は高辻の拳を両手で包んだ。振り払われたが、それでもしがみつく。  本気で拒まれたら、αの力に自分は敵わないだろう。だとしても、どんなに抵抗されたところで奏に離すつもりはなかった。 「僕だって完璧じゃない。おまえには、みっともないところを何度も見せてきた」 「あなたの場合はヒートのせいにできます。でも俺は――」 「ヒートだったから、おまえに抱かれたかったわけじゃない!」  高辻の眉が、驚いたようにピクッと動く。 「おまえだから……っ理仁だから、抱いてほしかったんだ」  奏の手中にある高辻の拳が強張る。 「ああでもしないと、おまえは永遠に触ってくれないと思ってたからな」  正解だとは思わなかった。だが自分の行動が間違ってるとも思わなかった。それぐらい、手の中にあるこの温もりが恋しかったのだ。  奏は包んだ男の手を自分の唇に持っていき、ついばむようにチュッとキスを落とす。 「それより、釣り合う釣り合わないってなんだよ。そんな死ぬ間際にだって考えなくていいことを……おまえは考えていたのか……っ」  高辻の手の甲をさすりながら訴える。 「……泣いているんですか」 「違うっ。怒ってるんだっ」 「なぜです?」  高辻は奏の手から自身の手を抜いた。するりと逃げた男の手を追う振りをして、奏は男の胸に飛び込んだ。厚い胸板をドンッと叩く。 「悔しいからに決まってるだろ」 「……悔しい?」 「そんな不確かなものに、おまえはおまえ自身を苦しめてきたのかと思ったら……悔しいんだよ……っ」  そう言って顔を上げた、次の瞬間だった。頭の後ろをぐいっと掴まれたと同時に、唇を覆われた。唇に触れるそれが高辻の唇だと気づくのに、時間はかからなかった。
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