オメガ社長は秘書に抱かれたい

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 一人きりになり、奏は床を蹴って社長椅子をくるりと回し、梅雨の雨粒を弾いた窓側に自分の正面を向ける。  窓の向こうには、雨でくすんだ虎ノ門のオフィス街が見渡せる。工事中の一帯もあるが、三十階にある奏のオフィスはいたって静かだ。  家賃だけで月三桁はくだらないこの場所にオフィスを構えられるΩは、世間でも一握りだ。しかもα一家で唯一のΩにもかかわらず、家族には受け入れられている。  さいわい、ニュース特集やSNSで見聞きするようなΩが受ける酷い待遇や差別にも、遭ったことはない。  世間一般の目からすると、何もかもを手に入れたΩに映るのだろう。ビジネス雑誌で『成功するΩの経営者は何が違うのか』という鼻白むタイトルで、特集記事を組まれたことがあるのがその証拠だ。  けれど奏に、特別満たされているという実感はなかった。  喉が渇いている。腹が減っている。そんな感覚が、常に憑きまとっている。高辻以外の男も女も考えられないから、誰かと寝たこともなければ、付き合ったこともない。  三ヶ月に一度、好きな男の名前を呼びながら、自分で自分を慰めている、ただの男のΩ――それが、芦原奏という人間なのだ。
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