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香ばしい香りに、奏は目が覚めた。これはコーヒーの香りだ。ベッドの上で上半身を起こすと、自分がバスローブを着ていることに気がついた。
「目が覚めましたか」
声がした方を見ると、ローテーブルの前に座った高辻が、電気ケトルからコーヒーのフィルターにお湯を注いでいた。
「インスタントもたまにはいいでしょう」
高辻はそう言うと、電気ケトルを置き、ベッドに近づいてきた。奏の横に座り、首の根に触れてくる。
「昨夜、俺はあなたのうなじを噛みました」
「あ……うん」
奏は自分の手で首の後ろを触る。少し痛んだが、歯形を指先で感じて心が温かくなる。
「あなたも気づいていると思いますが、俺はあなたの運命の番ではありません。それでもあなたと俺は昨日、番になりました」
高辻は奏の左手をとり、チュッと薬指にキスを落とした。
「……大事にさせてください」
空っぽだった心が満たされる。嬉しくて、目の前が涙で霞んでいく。
「僕も……大事にするから」
自分だけの、この男を。
それから奏は高辻の淹れてくれたコーヒーを飲みながら、高辻の妹・里沙から聞いた話を伝えた。借金を返し終えたらしいこと、そして里沙の妊娠のこと。
高辻と向き合って話す時間が楽しかった。嬉しかった。
話していくうちに、奏の会社を去ったあと、高辻が新しく会社を起ち上げたことも知った。起業の準備のため、兄弟に連絡することもままならかったという。
「理仁が起業――どんな会社にするんだ?」
嬉々として尋ねる。いつか一緒にできる仕事だったらいい。番で、仕事のパートナーで。なんて素敵だろう。最高じゃないか。
高辻は「少し長くなるんですが……」と、起ち上げた会社の説明するためか、飲んでいたコーヒーカップを置いたのだった。
〈了〉
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